残暑が去り、風が冷たくなる季節。
所謂秋というものだが、この季節は他に比べてやることが多い。
やれ運動だ芸術だ食欲だと忙しない中、ラグナスは読書の秋を選んでいた。
普段なら真っ先に運動の秋にかじりついて修行やら稽古やらで剣を振り回しているタイプの彼だが、どうやら今年は知的好奇心を刺激される本を手に入れたらしい。
なるほど勇者という職業には剣士としての腕前だけでなく豊かな感受性も必要だということか。
そんな彼が人気の少ない公園のベンチで、静かに読書にふけるその姿は…。…普段の行いを考えればミスマッチとも言えるが、決して悪いものではない。
さて、では勇者の知的好奇心を著しく刺激したと思われるその本のタイトルは───
『人をおちょくる50の方法』
この男が本当に勇者かどうかはさておき、普段本に触れないような人種でさえ本の虫になる、読書の秋である。
「よう」
呼び止めておいて何の用件を持ち合わせていない。
という文章に目が差し掛かった丁度その時であった。
誰かから声をかけられ、ラグナスは本から顔を上げる。
「やあ、どうしたんだい。シェゾ」
「別に。お前が座ってるのが見えたから」
ベンチに腰掛けたラグナスの前に立っていたのは、1年通して常に黒ずくめの男シェゾだった。
秋や冬はともかく、夏の間の彼は体格のよさと防具のゴツさも手伝ってすこぶる暑苦しい。
ただ、顔のつくりの方はどちらかといえば涼しい面立ちなので、ある意味中和されているとも言えなくもない。
ラグナスは相変わらず黒いシェゾを見上げてかすかに笑って見せた。
「ようやく君が暑苦しくない季節になるね」
「お前に言われたかねーよ。…隣いいか?」
シェゾは、同じく一年通してゴツい防具を装備しているラグナスに言われた台詞に気分を害した顔をしたが、突っ込む程ではなかったのかそう言ってラグナスの隣のスペースを指す。
「構わないよ。君も読書?」
「いや」
「じゃあ昼寝?」
「寝るんだったら家で寝る」
「おやつ?」
「ガキか俺は」
どす、とベンチに腰を下ろすシェゾに、ラグナスは本を閉じて膝に置く。
「…別に読んでていいんだぞ」
「いいんだよ。本より君と話す方が俺は楽しいし」
「…」
へら、とリラックスした笑顔にシェゾは目を丸くし、次の瞬間にはラグナスから顔をそらすと、赤らんだ頬を誤魔化すようにゴホゴホと咳き込んだ。
ラグナスは風邪かと首を傾げたが、その行動がトキメキを堪えぬいた男の仕草とはわかるはずもない。
「…俺と話す方が?」
「?楽しいよ」
夢か真かと、シェゾはちらりと横目でラグナスを見て再確認する。
当然シェゾの内心など知りもしないラグナスは、平然と繰り返した。
「…そうか。フ、そうか…楽しいか」
ニヤニヤとした顔つきで含み笑いを零し始める。
そんなシェゾに、ラグナスは少し距離をとった。身の危険を感じたらしい。
楽しいことは楽しいが、特に切り出す話題もないラグナスは、何となく前に目線を戻す。
その横にはまだニヤニヤしているシェゾがいるので、なんとも異様な光景だ。
だが、異様な光景はさらに加速する。
「…よう」
「ひぃッ!?」
ぼんやりと秋刀魚雲を見ていたラグナスの目の前に、突然赤い瞳の青年が逆さまに現れた。
あまりにも突然で、ラグナスは全身で驚愕を表して数センチ飛び上がる。
「随分ご挨拶だな…」
ぶらぶらと逆さまでゆれている青年は、そんな相手の反応に眉を顰めつつまだ揺れている。
シェゾが苦い顔をしながらそれを睨んだ。
「…ドッペル」
「よう。オリジナル」
ドッペル─Dシェゾは相も変わらず逆さまのままシェゾに手を振った。
その足は、ベンチのすぐ近くにあった木の枝に掛かっている。
ようするに彼が逆さまなのは、枝にぶら下がっているからだった。
「珍しいな。お前が公園で何をするわけでもなく座っているというのは」
「貴様のようにぶら下がって喋る男の方が珍しいわ」
「あァ、ラグナスの反応が見たくてな。予想通りのリアクションで俺は大変満足だ」
驚きの抜けないラグナスを見て楽しそうに─嬉しそうに笑ったDシェゾはそう言うと、短い掛け声とともに地面に着地する。
そして、当然のようにラグナスの隣に腰をかけた。
「…」
「…おい」
「うん?」
「…このベンチは二人用だ」
「どうみても三人座れるのにか」
「うるせぇ。それ以上近寄るんじゃねえよ」
ラグナスを間に挟んだ二人は、お互い顔を合わせず口を開く。
それからどちらともなく真ん中─つまりラグナスのいる位置へとじりじり接近していった。
…狭いし暑苦しいんだけどな。と、ラグナスは美青年二人にサンドされながら再び遠い目をする。
シェゾとDシェゾが揃うといつもこうなる。
ので、ラグナスはこの先の展開に思いを馳せ─そろそろ帰った方がよさそうだと溜息をついた。
その間にも二人は互いを牽制しあうように横目でにらみ合いつつ、また口を開く。
「ふ、男の嫉妬は醜いぞ」
「嫉妬?人聞きが悪いな。お前こそ無いもの強請りは見苦しいというものだ」
「……社交辞令でソコまで浮かれられるお前の脳味噌は羨ましいほど軽やかだな」
「あーあー、負け犬の遠吠えが聴こえらー。今日は良く吠えるなァ、負け犬が」
『…………』
何拍かの間が空き─
ラグナスがベンチから逃げ出すのと同時に、シェゾとDシェゾの抜いた剣が高い金属音を上げて激しくぶつかり合う。
剣圧でさらに転がるように逃げていくラグナス。
そして、もはや目の前の恋敵しか意識していない二人の男。
人気のないとは言え、子供達の遊び場である公園が一気に戦場へと変わった瞬間であった。
「口で敵わなければ暴力かよ?ハッ、やっぱり偽モンは偽モンでしかねーなッ!」
「黙れ。人が下出に出てやれば調子に乗りおって!」
「いつ誰が下出に出たってんだよ!」
罵声と怒声が剣のぶつかり合う音の合間に響き、どちらかの魔法が轟音を上げて大地をえぐる。
完全に恋の鞘当というやつだが、肝心のラグナスはまた始まったケンカに巻き込まれまいと素晴らしい逃げ足で公園を去っていた。
恐らく健全な彼の脳味噌は、男に好かれている上三角関係に巻き込まれているなどとは夢にも思っていないだろう。
なので。
「あの二人、本当に仲悪いよなあ」
そんな台詞を溜息とともに吐き出しながら、もっと仲良く出来ないものかと他人ごとのように呟いていた。
遠く響く轟音を聞きながら何気なく視線を上げる。
蒼く高い澄み切った空は、ラグナスの憂鬱など知る由もなかった。
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あとがき>>
7万打記念リク品:シェゾとDシェゾがラグナスを取り合うもの
ギャグチックでかつラグが黒い子にならないように頑張りました。
健全かつ普通の人を取り合うっていいと思うんだ。
リクエストくださった方のみお持ち帰りドゾー。
PCUP=2007/11/24
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