ひとこいし
─白い肌は暑さに弱そうな儚げな印象を与えてくるが、逆に褐色の肌はそれに強そうに見える。
だが、それはあくまでも表面上。見かけの話だ。
さて、此処に一人夏の日差しを直に受けたのか汗びっしょりで木陰にいる男が一人。
ぐったりとうなだれる様は、まるで糸の切れた人形のようでもある。
「…なんという暑さだ…」
滴り落ちる汗を拭い、胡乱だ目で陽炎の舞う丘を眺めると、また体感温度が上がる。
─こんなことなら地下から出てくるんじゃなかった。
男は、このうだる暑さの中どうやってねぐらに戻るかを暫く考えてみたが、思考すら面倒になって首を振る。
褐色の肌がこれ以上やけることはないだろうが、なんにしてもこの汗が気持ち悪すぎる。
「お前、暑さが苦手なのか?」
「?」
頭上から声が降ってきた。
見上げれば、木の枝から垂れ下がる黒いマントと青い目線。
─シェゾ・ウィグィィだ。
涼しげな風貌は暑さを感じていないのか、顔に出ていないだけなのか。
「…シェゾ・ウィグィィ。貴様はいつからそこにいた」
「さぁな? お前が今だと思えば今だし。ずっと前からだと思うならずっと前だろ」
シェゾは男の様子を興味深げに、面白そうに笑いながら木の枝からするりと隣に降り立った。
「たしか時空の水晶だったな、お前。いつまで俺の格好してるつもりなんだ?」
「この姿のほうが色々都合がいい…」
「…そうは見えねぇけどな」
汗びっしょりの上、まぶたを開けることすら億劫そうな姿。
自分と同じ姿をした男は褐色の肌も手伝ってか、見た目暑さ…というか気温の変化にそうとらわれなさそうだと思っていた。
そもそも本体がただの水晶─石なのだから、痛みすら感じないような気がするのだが。
どうやらそうでもないようで、むしろシェゾよりも気温に敏感で弱いようだ。
汗で色が変わった赤いバンダナを鬱陶しいと外す彼に、知的好奇心からかうなり声を上げる。
「お前みたいなモノでも気温は感じるのか」
すると、赤い目は不機嫌そうに細まりシェゾを睨み付けた。
「…」
だが、何か言いたげに開いた口をそのまま閉じてしまう。
何だよと眉を顰めてみせても、時空の水晶はそれ以上何も反応を起こさなかった。
それに追求の余地を失ったシェゾは、興味も薄れたのか肩をすくめる。
「…俺のいた地下は陽も届かない深さだ」
暇そうに前髪を弄っている闇の魔導師を、片目だけで一瞥した時空の水晶は気まぐれにつぶやいた。
「地下の空気が温まることなどめったにない。だから、こんな暑さは初めてだ」
「ふぅん」
たしかに洞窟や迷宮というのは下に行けば行くほど涼しいというか、寒くなっていく。
その涼しさはシェゾも知っている。知っているからこそ、この夏場はいつも暗くて深い洞窟に篭っているのだ。
「じゃあ、なんでわざわざ外に出てきたんだよ」
会話の糸口を掴んだのか、シェゾは腰を下ろして赤い目を見返す。
「…」
時空の水晶は、端正な顔に不思議そうな感情を一瞬浮かべる。
が、シェゾの顔を見てもその疑問の答えは得られなかったのだろう、目をそらして再び陽炎を見つめる。
「…─お前に会いに来た」
「は」
「…フッ、冗談だ」
「テメェ…」
会話を始めてから、初めて時空の水晶が笑みを零す。
その笑顔は以前にも見た人をバカにした笑いだったが、覇気は見えない。
思わず間抜け面で応えてしまった自分に舌打ちしたシェゾは、すっくと立ち上がると時空の水晶を見下ろした。
無感情な目がどうかしたのかと見上げてきたので、腕を組んで鼻を鳴らす。
「貴様なんぞ此処で干物になってろ」
「…シェゾ・ウィグィィ」
「それと一々フルネームで呼ぶんじゃねえ。シェゾでいい」
「シェゾ」
「何だよ。早く言え」
「会いに来たというのはあながち嘘じゃない。お前と少し話がしたかった」
真顔だった。
それこそ、その顔の持ち主であるシェゾですらした事のないような真剣な顔。
一瞬だけだが─その良く通る声が胸の奥底を揺さぶった。
一気に頬の辺りが熱くなる。
「…ばっ、…ッ!!」
「?」
時空の水晶にしては深い意味はなかったのかもしれない。
真っ赤なシェゾの顔を見て、小首をかしげる姿は何かしらの反応を求めていたわけではなさそうだし。
「─ッテメェ!その顔で妙なことあちこちで言うんじゃねェぞ!」
「何のことだか理解できない」
しかし、誤魔化そうとしたそのセリフで逆に相手にヒントを与えてしまった。
シェゾが照れていることを察したのか、時空の水晶はまたあの小バカにしたような笑い方で見上げてくる。
「…〜ッ…さっさと地下に帰りやがれ!この石っころが!」
─シェゾの懇親の叫び声は、良く晴れた青い空に吸い込まれるように消えていった。
/*Fin*/
あとがき>時空の水晶=Dシェゾですよ。
7万記念リクエスト第一弾:Dシェシェほのぼの完了ですヽ(´∀`*)ノ
久々に受けくさいシェゾを書いた気がs…。
PCUP=2007/06/26
モドル