闇の剣は考えていた。
もうすぐ、シェゾにとっても自分にとっても大切な日がやってくる。
今年はどうそれを祝おうかと思案しているのだ。
去年も一昨年も大したことが出来なかったので、今年こそは何かを、と頭を捻るがなかなかいい案が出てこない。
こんな時、自分が「剣」ではなく「ヒト」の形をしていたら、もう少し何か出来たろう。…と。
『…ふむ』
─その手があったか。
ある考えに至ったのか、闇の剣はそれまでと打って変わって前向きに思考を動かし始めた。
「…ふむ。こんなものか?」
「声」に出して一人ごち、闇の剣─いや、『元』闇の剣は自らの身体を不思議な感慨を持って見下ろした。
その身体は普段のようなシャープな長剣ではなく、れっきとした人型で、剣の面影はどこにも無い。強いて言えばシェゾと「話す」時の、声の代わりとなる「思念」が『声』として発音されているくらいだ。
それにしても初めて聞く己の肉声は何だかこそばゆい。
「…人は不便だな」
いちいち器官を振動させねばいけないのか、と喉を軽く撫でる。呟けばその分振動するそれは、新鮮な感覚だった。
視界の広さ、高さ、明るさに慣れた頃、闇の剣は主のいない家の中を歩行訓練ついでに歩き回った。シェゾが生活しているスペースを、直にこうして目にするのは初めてだ。
出かけたとき急いでいたのか、ぞんざいに脱ぎ捨てられた寝間着や乱れた寝具。テーブルの上は読みかけの本やメモを置きっ放し。
「…やれやれ」
まったくしょうがないな、と、それを整頓する。
寝間着はたたんでベッドの上に。寝具はきちんと正し、本はメモを挟んで閉じておいた。
「…これはいいな」
一通り片付けたところで、自分の手をまじまじと見る。これなら、片づけをなかなかしない主を見て歯がゆい思いをしなくてすむだろう。
「我ながらいい案だったようだな…」
きゅ、と、拳を閉じたところで、家主が帰宅した気配を感じた。
++++++++ 「帰ったか、主よ」
「あぁ、ただい……………。?」
シェゾは、帰るなりで迎えた見知らぬ男に、思わず形のいい眉を真ん中に寄せた。
今朝家を出るときには、いなかったはずだ。
「…誰だ、キサマ。こそ泥か?」
瞳を細くして睨めば、その男は一瞬驚いたように目を見開いた後、面白そうに表情を歪めて逆にシェゾに訊ねる。
「『我』が分からぬか?─『主』」
「しら─」
『知らん』と、言い切りそうになって、シェゾはふと言を止めた。
まさか、と思いつつ目の前の男を頭からつま先まで見下ろす。
そいつは、服装や顔の造りが嫌にやたら自分に似ていて、尚且つ馴染み深い、間違えようの無い波動を放っていた。
シェゾは確信の無いまま、しかし確かめるように口を開く。
「闇の、剣!?」
心底驚いた顔で指を指すシェゾに、闇の剣は満足そうに「あぁ」と頷いた。
「お…前っ、どうして」
「うむ。話すと長いことながら…。…まあ、とりあえず主よ。帰宅したのならゆっくり腰を落ち着けたらどうだ?」
疲れただろう?と、促してくる人型を取った相棒に、シェゾは驚きの抜けないまま自室へ脚を運んだ。
─今朝、慌てて出た部屋はすっかり片付けられていて小奇麗になっていた。
視線で問うと、男は『あんまりにもだらしが無いので、見ていられなかったのだ』と少し困ったように告げる。その物言いは確かに長年付き合ってきた相棒らしく、シェゾはそこでようやく予測を確信に変えた。
「…で?」
「…で?とは?」
闇の剣が出した茶を啜りながらシェゾが問うと、闇の剣は整った表情を崩さず平然と問い返してくる。
シェゾは、首をかしげている彼を真正面に捉えて疑問を口にした。
「その姿はどういうつもりだ?」
「当然の問だな。…お答えしよう」
くすり、と、口元を柔らかく笑わせたその顔は、確かに自分がベースなのに、何だか違って見えた。何だか、シェゾには無い余裕が感じられる。
そうか、コイツ(闇の剣)、こういう時はそんな風に笑うのか─。
ふっとそんな事を考えて、しかし、照れくさくなって頭を振る。
「(別にコイツがどんな顔しようが関係ないだろ!?)」
掠めた思考が妙に恥ずかしい。
「…主?」
突然一人百面相をしだしたシェゾに、闇の剣が訝しんで声をかけると、シェゾは変に赤い顔で闇の剣に先を促した。
釈然としないながらも、闇の剣は自分が『人の形』を取った理由を述べ始める。
「主よ。…貴方は今日が何の日か覚えているか?」
「…今日?」
訊ねられて、カレンダーを見やる。
けれど特にイベントごとはなさそうだ。
分からずに、首をかしげてカレンダーを睨んでいると、闇の剣はその様子がおかしいのか、笑みを零しながら続ける。
「今日は、主の誕生日ではないのか?」
「たんじょう…び?」
シェゾの視線が上向く。何か思い出そうとするときのその仕草に、闇の剣は『忘れていたのか』と思わず苦笑した。
「…あぁ、そういや、もうそんな時期か?」
思い出したらしいシェゾは、そこまで言って『それがどうした』という風に闇の剣を見やった。
「ほぅ、言わせる気か」
「何の話だ」
本当に分かっていないらしい。
果てしなく鈍いな、と心内だけで呟く。
まあ、そこが愛しくて愛しくてしょうがないのだが…。
「年に一回の記念日だからな。…祝おうと思ったのだ。─誕生日というのは、大切だろう?」
「…お前の口からそんな言葉が聞けるとはな…」
相当驚いたらしいシェゾの顔は、初めて見る程きょとんとしていた。
「我は…何か妙な事を言ったか?」
くすくす笑って、闇の剣は驚きの連続で息も吐けないシェゾの手を取り、いつも自分がそうされているように強く握る。
「…おめでとう。我が主よ」
「…ぅ、ま、まぁ。な?」
照れているらしいシェゾに闇の剣は柔らかく微笑みかけて、掴んだ腕を引いた。
バランスを崩し、闇の剣の腕の中に倒れる形になったシェゾは、”ぎょっ”として自分を抱える男を見やった。
「…まさか、それだけだとは思っていないだろう?」
「何?…お、おいこら。なんだこの体勢は…!
…っうわ!?」
顎を軽く引き寄せられ、シェゾは首を痛めそうな体勢のままアップになる闇の剣の顔に、思わず目を見開いた。
─次の瞬間には、唇に触れた柔らかいそれは離れて、代わりに、それはもう嬉しそうに自分を覗き込んでいる相棒の顔が目に飛び込んだ。
「な。な、な、なななななな!?!?っなっなにしやがる?!!」
混乱して、真っ赤になっている主に、剣はにっこり笑顔を浮かべてその身体を背後のベッドに押し倒した。
翌朝。
「…ぅゔ〜…っ!」
シェゾは、乱れたシーツの上で、凶悪に掠れた唸り声を上げて突っ伏していた。
…何があったかを訊くのは野暮だが、肝心の元凶の姿はそのベッドの上には無く、代わりといってはなんだが、鞘に収められた長剣が、ベッドの横にひっそりと立てかけてあった。
シェゾは、その日朝から何度目かになる恨み言をその剣に吐いて、使い物にならない腰を恨めしげに撫でた。
「ちくしょ…痛ぇぞ!てめぇ人が下出に出てりゃ調子に乗りやがって…!!
─オイ!黙ってねぇで何とか言え!!(怒りゲージMAX)」
『…』
しかし元凶は、反省しているのか知らん振りをしているのか、シェゾの言葉に答えることは無かった。
その後日─。
闇の剣に、シェゾから『人型禁止令』が出たとか出ないとかで、闇の剣が人型を取ることは二度となくなった。
と、思う。多分。
*END*
管理人より>〜カナリ様よりリクエスト〜
カナリ様>はい、リクエストは達成出来てるでしょうか?出来てないかもしれません!(殴)
も、申し訳ないです!
PCUP=2004年4月3日
モドル