明日には きっといない。
不器用
昨夜の、月の冷たく光る夜。
静かな宿。
その一室の、蒼い月光の指す部屋で、二人は柄にも無く月見をしていた。
杯を傾けて、ほろ酔いになりながらラグナスは隣で同じように酒を呷るシェゾを見やった。
「珍しいな」
「ぁ?」
「ううん」
ラグナスの零した呟きをしっかり耳に止めたシェゾは、その胸倉を引っつかんで引き寄せる。
驚いた顔になるラグナスに、そのまま酒に少し濁った目を向けて睨む。
「言いたい事があるなら言え」
「何でもないよ」
「嘘だ」
やれやれといった風にラグナスが肩を竦める。シェゾはそれを見てようやく胸倉を解放してやった。
「珍しいと思っただけだよ。
─君と、こういう関係になってからは二人で酒を飲みながら月見、なんて出来なかったからね」
微かな皮肉を込めての言葉に、シェゾは口の端を釣り上げて楽しそう笑った。
こういう関係─肉体関係を持ってから、シェゾはラグナスと二人きりになるたびに、静かな時間を楽しむ余裕もなく彼を抱いた。
『明日』という日が常に朧な未来だという自分たちであるからこそ、とでも言えば恰好がつくのかもしれない。
自分たちのどちらも、『明日』という日があるか分からないような生き方をしているから、二人きりの時は片時も放したくない。
だからラグナスも、皮肉を言いこそすれ、己を求めてくるシェゾを拒んだことは無かった。
「…たまにはな」
「でもどうせ何かあるんだろう?じゃなきゃこんな離れの部屋借りないだろうし」
いち早く杯を乾かしたラグナスは、そう笑って窓辺に寄りかかる。シェゾが一瞬驚いたように目を丸くして、その後クスクス笑い始めたのを見ると、ラグナスの予想は当たっているようだった。
今日ばかりは大人しいかと思ったのに、と軽く息を吐くと、手を差し伸べられる。
「?」
手をとると、ぎゅっと握り締められた後凄い力で引き寄せられ、勢いをそのままにベッドに放り込まれた。
ああ、結局こうなるんだ、と、ある意味一種の悟りの心境で、覆いかぶさってくるシェゾを見上げた。
「明日、仕事なんだからな?」
「あぁ」
「離れって言っても、宿屋なんだからな?」
「解ってる」
「……シェゾ」
「うん?」
「酒臭いよ」
「もう黙ってろ」
目を閉じるとすぐに唇が重なって、服が肌蹴られるのを感じた。
明日仕事だというのに。
宿屋だというのに。
シェゾは何度もラグナスを求めた。
シーツが汚れても気にせず、ラグナスがいい加減にしろと焦り、怒り出すのも構わず。
コレが、最後だとばかりに。
「…」
ようやく解放されて眠りについたラグナスに、シェゾはその身体に毛布をかけてやって、その顔を見つめた。
今は既に眠り、閉じられた双眸を暫し眺めた後、頬を撫でて口付けを落とす。
一つの言霊と共に。
「─愛してる……」
口付けを落とすたび、惜しむような掠れた声で囁いて。
「愛してる……。ラグ」
ラグナスが目覚めている時には到底出さない、優しい声色で何度も繰り返し、普通に服を着れば見えなくなる場所に痕を残していく。
憔悴しきったラグナスが目覚める事は無く、シェゾはそれに小さく笑んで、ベッドを降りた。
漆黒のマントを纏い、夜の闇の中を明り一つ灯さず歩んで部屋を出る。
「……」
部屋で眠るラグナスを起こさぬように扉を閉じ、その扉に額を付けて瞳を閉じる。
「だからこそ俺は、…こうする」
呟いた声は、そのまま闇に消えた。
─ラグナスが目覚めた時は、既に日は昇りきっていた。
目を指すような陽光に目を細めながら昨晩共に寝たはずの男の姿を探し、手を彷徨わせる。
しかし、それが見つからないと解ると、ラグナスは再び腕をベッドに戻した。
シェゾが寝ていた場所のシーツが冷たい。
それはつまり、彼がいなくなったのがついさっき程度の事ではないと言う事。
「…いつかはこうなるだろうと思ってたけどさ?」
自嘲するような自分の声が遠い。
「…まさか、こんな急だなんて。…その上何も言わないし」
身を起こすと、シェゾの装備一式が消えているのが目に入る。
もっとも、それを見なくてもラグナスにはとうに『シェゾが自分の傍から消えたこと』に気付いていたが。
「それで、あんな置き土産か」
鈍く痛む胸や、首筋には数箇所の紅い斑点。見慣れた、彼の所有の証。
「…ったく、…不器用」
明日には きっといない。
これが、いつからかラグナスに根付いた不安だった。
シェゾはきっといつか、自分の元から去るだろう。
理由は解らないが、確信が持てた。
だからいつも夜は、彼より先に寝ようとはせずに、シェゾが寝たのをしっかり確認してから浅い眠りについた。
なのに昨日は迂闊にも先に寝てしまった。
それを失態だと悔やむにはもう遅い。
「……『闇の魔導師』から離れて生き長らえるより、一緒にいて戦ってるほうが良いって何で解らないかな…アイツは」
きっと一番、彼が去っていった理由に近いと思われることに文句を言いながら、またベッドに寝転んだ。
ぎしりと悲鳴を上げるベッドに構わず大の字に寝転んで目を閉じる。
「ばーっか」
恐らく、彼には届かないと知っていても言わずにいられず、ラグナスは初めて心の底から人をそう思った。
-終るのかも?-
管理人より>やまなし意味なし落ちナシ!コレが本当のやおいジャー(ハイハイ)
……スイマセン(爆)
えー、と。たまに思うのですよ。シェゾさんって結構惚れたら惚れた相手が傷つくのを見たくない派なんじゃないかなと…。
PCUP=2004年12月1日
モドル