甘くないチョコレート



 「おい」
 天気のいい日だったので、屋外の木下でのんびり座り込んでいた時のことだった。
 呼ばれて気がつけば、銀髪の青年が自分を見下ろしている。
 やあ、と挨拶したラグナスは微笑みを浮かべて口を開いた。
 「シェゾ、今日もいい天気だね」
 「お前の頭もいつもどおり小春日和らしいな」
 「小春日和って言うのは秋から冬にかけてある…」
 続けようとすると、シェゾは『ああ、ああ』と鬱陶しげに手を振ってそれを遮る。
 「ウンチクはどうでもいい。お前、チョコレートは嫌いか?」
 「いいや?」
 チョコレート、という単語でラグナスの口内には甘いチョコの感覚が蘇っていた。
 唐突だなと思いながらも、あの甘さは嫌いではないので否定してシェゾを見やる。
 すると、相手はふぅんと相槌を打つと暫し考えるように口元を手で覆った。
 「チョコレートがどうかしたのかい?」
 もしかしたらくれるのかと暗にたずねると、鋭い目がラグナスに向く。
 「欲しいならやる」
 「くれるならもらうよ」
 「…」
 シェゾは整った眉を顰めた。
 お互いが真逆のことを言っているのに気がついたのだろう。ラグナスは相変わらずにこにことしている。
 まったくいやらしいヤツだと舌を巻いた。
 「…やるよ」
 小さなバッグから、銀紙に包まれているチョコレートを出し、ラグナスに放る。
 開けた形跡のあるそれを見た彼は、食べかけ?と首をかしげた。
 「珍しいね。君が食べ物を残すなんて」
 「…」
 「食べていい?」
 「ご勝手に…」
 かさかさと包みを開けるラグナスの隣に腰を下ろし、茶色い塊を口に含む様子を見やる。
 それから、租借し終えた彼が数秒後に返すであろう反応を思い描いて、口元を邪悪にゆがめた。
 「にッ…苦ッ!」
 予想通りである。
 シェゾから受け取ったチョコを齧ったラグナスは、その味に目を白黒させながら叫んだ。
 そのチョコレートは、甘さなど微塵のかけらも持ち合わせておらず、それどころかチョコレートと呼び口に運ぶことさえ可笑しいくらい苦味を主張している。
 舌がしびれるほどの苦さで、口内から消えるまでに目じりには涙が浮かんでいた。
 「美味いか?」
 ニヤニヤとした笑みで、シェゾはラグナスに感想を求めて顔を覗き込む。
 眉間に皺を刻み、口元をもごもごとさせているのは甘いチョコレートの味を想像していた分のカウンターが相当辛かった証拠なのだろう。
 ラグナスは、恨めしげに呻いた。
 「…なんだよ、これ…」
 「ああ。人から貰ったんだがな。材料の99%がカカオなんだそうだ。よって、全然甘くない」
 他人が自分と同じ目にあったのがよほど嬉しかったのか、シェゾはとうとう堪えきれずにくつくつと咽喉を鳴らして笑い出す。
 「…解っててよこしたのか」
 「ああ」
 「…」
 「ザマァーみろ」
 顰めッ面を指差して笑う彼に、ラグナスはなんとか一矢報うべく苦いチョコレートをじっと見つめた。
 よくよく見れば普段食べるミルクチョコレートよりずっと黒く、見た目からして苦そうだ。
 『チョコレート』という単語は、それだけで人に甘いという先入観を与えるのかとつくづく思い知らされる。
 ─というかそもそも、シェゾが人に食べ物をよこす時点からすでに可笑しかったのだ。
 思い直せば直すほど悔しさがこみ上げてきて、ラグナスはますます顔をしかめる。
 すると、笑いも一通り治まったのかシェゾは不思議そうに眉を寄せた。
 「…そんなに不味かったのかよ」
 この反応は予想外だったというようなそれに、目線をあげる。
 そこで青い目がじっと自分を見ていたので、一つ頷いて、手の中にあるチョコレートを少し大きめに割った。
 そして、腹いせを全てこめて割ったチョコレートをシェゾの口へ突っ込んでやる。
 「ぐ!」
 うめき声を聞き終わらないうちに目を閉じて顔を近づけた。
 目を閉じていたので表情はわからないが、シェゾが激しく動揺したのは気配で感じる。
 ラグナスは、そのまま彼の口からはみ出ている分のチョコレートを咥えてさらに半分に割り、すぐに離れた。
 「…」
 目を開けると、シェゾが唖然とした顔で自分を見ている。
 その口に咥えられたチョコレートのかけらを見て、自分がしたことが今更恥ずかしくなったラグナスは脊椎反射でその場から立ち上がると、その場から走り去った。
 担がれて悔しかったのやら、近づいた時微かに鼻腔に触れたシェゾの匂いが意外といい匂いだと感じた自分が恥ずかしいやらで顔が熱い。
 口内に広がる苦いそれを急いで噛み砕いて飲み込み、熱さを振り払うようにただ全力で足を動かした。
 一方、ラグナスの唐突な行動に呆気に取られ、砂煙をまいて去っていった彼を見送ったシェゾは、とりあえず咥えさせられた分のチョコを口に入れる。
 それから、チョコレートの苦さに辟易した顔をしつつ、今度からラグナスをからかう時は食い物に関してのことは止めておこうと、何とはなしに思うのであった。




 /*End*/


 あとがき>>カカオ99%は人間の食い物じゃないよ_| ̄|○

 PCUP=2007/05/15

 モドル


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