/*
「デアイ」に纏わる2・3の事柄
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オリジナル─アルルに負けて、ボクはその後どうしようもなく荒れた。
目に入った下らないものにはひたすらに怒りを当り散らし、当てもなく、ただ彷徨った。
…でもいい加減疲れてきた。
お腹も減ったし。足も痛い。
─でも、これは。
まだボクが生きてる証拠。
適当な草原に、大の字に寝転がる。
目を閉じると思考がどんどん緩慢になる。
こんな所で寝るなんて、今弱ってるボクにしてみれば自殺行為に等しいかもしれない。
けれど、それを気にする以前に、疲れた。
半分、どうにでもなれという気持ちでむりやり寝ようとする。
意識が眠りに落ちる瞬間─
「…?」
誰かに声をかけられたけど、そのときのボクにそれに応える余裕なんて無かった。
「……っ」
目にかかる光が、少し鬱陶しい。
腕で遮って、寝返りを打つと─草原とは明らかに違う感触がした。
「…!?」
反射的に、飛び起きる。居場所を確認するためにまず真っ先に辺りを見回した。
…誰かの家の…誰かのベッドみたいだ。
モノトーンで統一された、本棚と机しかない生活感のない部屋。
「……?」
寝すぎなのか、くらくらする頭を叱咤して身体を起こすと。
「─…ようやくお目覚めか?」
ドアの方から、低音が向けられた。
驚きに驚きを重ねるボクに構わず、声の主が片手にトレイを乗せてベッドに寄ってくる。
「よく寝ていたな。…まあ……アレだけ体力を消耗していれば当然か」
「─キミ…は…」
見た事があるその姿は、けれど記憶と一部違った。
ボクが知っているのは、蒼い瞳の、蒼いバンダナをした闇の魔導師だったけれど、目の前の「彼」は違う。
瞳とバンダナは深紅。顔の作りこそ一緒だけれど雰囲気が全然違った。
何だか…ボクが知っている彼より、とても落ち着いたような─。
物珍しげに細められてる瞳を、ボクは睨み返した。
「…ここはどこ?…キミは誰?」
「ほお」
問を重ねると、興味の瞳が賞賛に変わる。
「良く俺が『違う』と気がついたものだ…」
「……」
「そんなに警戒するな。…何もせん」
『彼』はそう言って、ボクの目の前にトレイを置いた。
湯気の立つミルクと、食べやすいようにとの配慮なのか一口サイズに切られた林檎。
「…食え。その様子だとここ数日ロクに物を食ってないんだろう」
「その前にボクの質問に答えて。ここはどこ?キミは、何者?」
「知ってどうする?」
「─…」
あっさりとしすぎる応えに、ボクが半ば呆然とすると。
瞳以外に表情を浮かべなかった『彼』が、やっとその顔を変えた。…やや意地悪げな笑みに。
「ここは俺の塒だ」
続けながら立ち上がって、ボクの顔を見ながら軽く踵を返す。
「後者の問いについては─
お前こそ、それを答えられるのか。と問い返しておこう」
「! ボ、ボクは…!」
─ボクはアルル。
それが咽喉元に凍りついた。ボクはアレに負けた。アレは自分がアルルだということを証明した。
じゃあボクは─?
「…っ」
唇を噛むと、意地悪な笑みがうっすらと和らいだ。
「続きはそれを食べてからにしよう。…温かい内に食べるといい」
「…」
「まあ、無理にとは言わないがな」
それを最後に、『彼』の姿が部屋から消えた。
後に残ったのはホットミルクと皿の乗ったトレイ。急に、孤独になったボク。
…ボクはトレイを眺めた。眺めるだけで、それをサイドテーブルに避けてベッドに横になる。
お腹は空いていたけれど、何故かそれを口に運ぶ事が出来なかった。
嫌な事に気付かされて意地になっていたのかもしれない。
目を閉じると、案外すぐに眠たくなって、ボクは逆らわず睡魔に従った。
─彼女が眠ってから少しした後。
「…眠ったか」
部屋に戻ってきた主は、よく寝る娘だと呆れたような苦笑を零した。
苦悶の表情で眠る少女に、軽く乱れた掛け布団を正して掛ける。
トレイを見やれば、そこには冷め切ったミルクと変色してしまったリンゴが所在無さげにしていた。
「…やれやれ。懐かない子猫を拾った気分だ…」
仮に起きていても気が付かれぬよう呟きを落とし、トレイを手に青年は再び部屋から出て行く。
『彼女』と似て、強情なのだろう。
青年はふと、彼女と同じ姿をした少女を思い出して苦く笑った。
寝返ると、自分が覚醒したのがわかった。
少し呻いて身体を起こすと、やっぱり同じ場所で、サイドテーブルには先ほどと同じ場所にトレイが置いてある。
湯気が立つミルク、新鮮な色を保っているリンゴ。
そう長く眠ったわけじゃないみたいだ。
「…」
少し開いている扉の向こうに、『彼』がいる。
ボクが目を覚まして、食事をとるのを待ってるんだろうか。
「…ふん」
ボクは無意識に小さく鼻を鳴らして、また身体を横にした。
…。物音がする。
今度は少し長く眠った…。
開けるまぶたが重い。どうやら寝すぎたみたいだ。
─あ。
『彼』がいる。
眠っているボクを、眺めてるのか、様子を見ているだけなのか、けど傍にその存在を感じた。
重いまぶたをこじ開けて薄目で見ると、魔導師の黒い服がまず目に付いて─
その手がトレイを持っているのが見えた。
ああ、冷めたから片付けるんだ…。
結局食べ損ねたなと少し悔いると、どうやら違うようだ。
『彼』はトレイを置き換えて、冷めてしまった方をどこかへ持って行く。
それから、冷めてしまったものを廃棄する音が聞こえた。
「…っ」
様子を見ようと身体を起こしかけると部屋に『彼』が戻ってきた。
反射的にタヌキ寝入りをして目を閉じると、暫く布団や毛布を正されて、額に冷たい手のひらが乗った。
「…熱は無いくせに、この熟睡ようはなんなんだ…?」
苦笑じみた声色がすぐ近くでする。どうやら寝たふりは気付かれていないみたいだ。
暫くすると、『彼』の気配はまた隣の部屋に消える。
「…?」
確認してから改めて起き上がると、サイドテーブルには眠る前と同じように、ホットミルクと一口サイズのリンゴがそこにあった。
「…」
待て。
ボクは本当に、少しの仮眠しかしてなかったんだろうか?
今さっきはともかく、その少し前も、一瞬のように感じたけれど、もっと眠っていたんじゃないか?
そもそも『彼』はボクをここにつれてきて、ボクが気がつくまでの間一体何をしていたんだ?
あんなにタイミングよく温かいミルクや新鮮なリンゴを持ってこれるわけ無いじゃないか。
─『彼』は、ボクが常にそれを食べられるようにしてくれていた?
冷め切ったものを何回廃棄したんだ。
リンゴを一体幾つ切ったんだろう。
「…お節介…」
トレイに手を伸ばして、カップを取る。
指先からじんわり温かい。
一口飲むと、ほんのり甘いそれが咽喉をつるつると降りていった。
「……っ」
─急に、目頭が熱くて、唇が勝手に戦慄いた。
声が聞かれるのは悔しいから、ボクは手を握り締めて、唇を引き結んで、それを押し込んだ。
空になった皿をどうしようかと思っていると、また様子を見に来たのかドアが開く。
もう確認せずともそれが誰であるかなんてすぐ解る。
「やっと食べたか。ミルクとリンゴはお嫌いかと思ったんだがな」
クククと咽喉を鳴らし笑われた。
台詞の端に馬鹿にされたような気がして睨むと、赤い瞳が更に笑う。
「…何がおかしい」
「さて」
「ボクを馬鹿にしてるのか?」
「─自意識過剰な事だ。質問の答えがほしく無いのか?」
「…」
いちいち癪に障る言い方をする君はどうなんだ、と言いかけたところを奇跡的に耐えた。
喧嘩を売ってもしょうがない。
ボクが黙ると、『彼』はイスを引いて、ベッドの近くで腰掛ける。
「俺が何者か、なんて俺が知るわけが無いだろう」
「…はぁ?」
答えになってない。
そんな『彼』の言葉に、ボクは眉をしかめていた。
「俺は『元「時空の水晶」である何か』でしかない」
「…じく…?」
「ドッペルゲンガーという言葉を除けば、俺を表現する言葉はそれだけだ」
─ドッペルゲンガー。所謂、自分とは別に、『オリジナル』を持つ多重存在の事。
ボクの目の前で、精悍な顔の中の鋭い瞳を閉じた『彼』は、苦悩する訳でもなくその言葉をあっさり舌に乗せた。
この人は、─ボクと同じ?
「だから名も無い。俺に何者かなどと問われても名乗る名前はありはしない」
ただの水晶であった頃とは随分変ってしまったから。と。
そう肩をすくめる目の前のこの人は──ボクと同じ存在のはずなのに、ボクよりずっと先にいる。
ボクが今跪いてるところを乗り越えたところに、いるんだ。
「どうしても呼びたいなら─そうだな、ドッペルシェゾ、とか時空の水晶とか、その辺で呼べばいい」
「…水晶じゃないのに時空の水晶は変だよ…」
「そうか?」
「変…」
『彼』─ドッペルシェゾの台詞に思わず笑いが零れてしまった。
意地悪げな笑み以外にはまるで動かないその表情が、その台詞を余計に可笑しくしてる。
─けど─
「…ひとついいかな」
「何だ?」
「君は今…ドッペルゲンガーって言ったけど─嫌じゃないのか?オリジナルに成り代わろうとか─」
「思わない」
…きっぱりと断言されて、ボクは言葉を失う。
「というより、思わなくなった、か? …あのようなオリジナルでは成り代わっても仕方が無いしな」
「…あ、そう」
「成り代わるより有意義な事も発見したし」
…なんだか、この人と話をしていると、あれだけオリジナルに成り代わろうとしていたボクがとんでもなく道化に思えてくる…。
どっと重い溜息が出る。
ついでに頭痛もしてきた。
あんなに悩んでたボクはなんなんだ?
ドッペルシェゾは、頭を抱えるボクを見てか─成り代わろうとしたことはあるが諦めたと続けた。
「…どうして?」
「…今だからこそ思えることかもしれないが。
─仮に成り代わったとして、それまでの『俺』はどうなるのかと思っただけだ」
「…それまで?」
疑問を重ねると、ドッペルシェゾは少し考えた後に足を組んで口を開いた。
「たとえばお前が─今お前のオリジナルに成り代われたとして、さっきまでの『お前』はどうなる?」
──さっきまでのボク…─
「ドッペルゲンガーであった『お前』も、狸寝入りしていた『お前』も、お前だろう?─オリジナルじゃない」
……気付いてたなら言えばいいのに。
「オリジナルに成り代わったとして、その先は?オリジナルの行動パターンそのものに生きていくのか?─『俺』はそんなの御免だ」
ボクの半目の視線を気にもかけず、ドッペルシェゾはそこで区切って─ボクを見た。
「お前は、『お前』でなく『オリジナル』として生きていく事を望むのか?」
「と──…」
当然だ。と、少し前のボクなら、言いきれたのかもしれない。
けど今、どうしてか言い切れなかった。
ドッペルシェゾの言葉のせいか?ボクの意識に、少しずつ変化がある。
「…」
「それより、お前が楽しいと思うように生きるのも一つの手だろう?」
「…?」
意味が解らない。
ボクが、楽しいと思うように生きる?
「たとえば─」
ドッペルシェゾは、ゆったりと長い指を立てる。
「オリジナルの欠点を詰りまくるなり、オリジナルの失態をいつまでも追求するなり─」
…………。
「キミって、性格悪いんだね」
「褒めるな」
「褒めて無いし…。…というか、ボクの趣味にはあわない…」
「楽しいのにな…」
どこか遠い目をするドッペルシェゾは、からかってるようではない。
…本当に彼なりにそれを楽しいと思ってるんだろう…。オリジナルよりねじけてる。
ボクはこうならないようにしよう…。
そんな事をとりとめもなく思っていると、こほんと一つ咳払いされる。
「…まあ、一例だ。他にも色々、お前が楽しいと思えることがあるだろう」
「随分と責任の無い台詞だね…」
「俺はお前の趣味なぞ知らんからな」
当然といえば当然の言葉だけれど、かえって脱力してしまった。
─けど─悪くなさそうだ…。
ボクは、脱力のまま顔に軽く笑みを浮かべた。
「見つからなかった時の責任は取ってくれるのかい…」
「……善処する」
「善処じゃ困るな。完璧に対処してくれないと」
「…お前もいい性格だな」
「どういたしまして…」
「…ああそうだ。お前のことはなんと呼ぼうか?」
─ボクは、ドッペルシェゾの問いに笑みを返してベッドに寝転んだ。
「キミと同じ。…ドッペルアルルでいいよ」
「了解した」
それ以外にボクを表す言葉は無い。
どうしてだろうか。『オリジナルに成り代わる』という考えを端に追いやったボクの頭の中は真っ白で、まるで生まれたばかりの子供のようだった。
目を覚ました後から何をやろう。
まず先に、お節介なこの人のことを知ることから始めようか。
きっとこの人はボクのいい相棒になってくれるだろうから。
…でも一つ譲れない事。
「じゃあ、今度からベッドはボクのものという事で…」
「…待て。どういうことだ」
「オンナノコのボクに床で寝ろというのかい?」
「…………」
納得しきれない顔のドッペルシェゾに、ボクはただ笑顔で向かえた。
「…………」
無言で顔を逸らすドッペルシェゾ。
紳士であるキミに感謝するよ。
この日ボクは、これからの目標と、暖かい寝床を手に入れた。
/* Fin */
管理人より>>
DシェDアル好きの某氏へ捧げたDアル&Dシェ小説ー。
これは大分前から書きたかったネタだったので書き終えた時ものすごく満足した覚えがあります(笑)
ラグシェ、他BL小説をお待ちの客様、もう少しだけ時間をくださいませ。
PCUP=2005/11/14
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