その日の宿は、海に面した浜辺の宿だった。
 季節の所為か、随分賑わっていた。










 ハ ナ ビ










 ─夜。
 「…」
 よもや自分が、さざなみのせいで眠れないほど神経質だとは思っていなかった。
 真っ暗な外をぼんやりと見つめていると、無遠慮にドアをノックする音が静寂を打ち破った。
 『シェゾー、起きてるー?』
 ガンガンと鳴るドアとともに、アルルのお子様声が部屋に響く。シェゾは、長く息を吐き出しながらドアを開けた。
 「…何だ?騒々しい」
 いかにも、『気持ちよく眠っていた所を起こされた』というようなシェゾの応対に、何か荷物を抱えたアルルは驚いたような顔をした後、短く謝罪の言葉を述べて済まなそうに肩を落とした。
 「もしかして、寝てた、よね…。ごめんねっ」
 「そう思うなら起こしに来るな。用があるならもっと早いうちに言え。夜は寝るもんだ」
 「うん。今度からそうする」
 「今度かよ。つかあるのか今度が」
 「うん、多分ある」
 …律儀にもいちいち突っ込みを入れていたらキリがない。
 シェゾはそこで会話(?)を断ち切ることにしてがりがりと頭をかいた。
 「…で、何の用だ?」
 「花火」
 「ハ?」
 「花火、しようと思って」
 ずい、と、目の前に荷物を差し出される。
 よくよく見ればそれは確かに花火だった。
 「お昼にね、ここの親父さんがくれたんだ♪」
 「…ああ、そう…」
 にこにこと嬉しげに訊きもしない事を教えてくれるアルルに、シェゾは軽い脱力感を覚えつつ相槌を打つ。
 それから、そんなことで人を起こすなと言いかけた所、隣室のドアが開いてラグナスが顔を出した。
 「何の騒ぎだい?」
 どうやらアルルの声に起こされたらしい。ラグナスは、少し苦笑気味に訊ねてくる。
 そんな彼に、アルルはシェゾにしたのと同様に、花火を見せながら答えた。
 「ラグナスも花火やる?しけっちゃうのも勿体無いしさー?」
 「…どうしようかな」
 悩むラグナスの隣で、シェゾは盛大な溜息を吐いて肩をすくめる。
 「…お前等で行って来い。俺は眠ぃんだよ」
 勿論、嘘だが。
 付き合うのが面倒だというのを隠さずに表せばアルルは諦めたように視線を落とす。
 すると、その様子を見かねたような苦笑を浮かべて、ラグナスがアルルの肩を叩く。
 「付き合うよ。目も冴えたし、ね」
 「ありがと、ラグナス…」
 にこりと笑みを浮かべるアルルを横目に見ながら、シェゾは行って来い行って来いと手で二人を払うようにしながら部屋へ引っ込んだ。


 「…機嫌悪そうだねえ」
 アルルがポツリと呟く。
 それが、シェゾの様子を見ての事だと気付いたラグナスはそうだね、と相槌を打った。
 「まあ、大方起き出しだからだよきっと。…そういえばルルーは誘わなかったのかい?」
 「ううん、真っ先に誘ったんだけどね。起きてくれないんだよー」
 「…そう」
 「でも、ラグナスが居てくれるならいいや!行こう!」
 真っ先に、に少し遠い目をしながら、ラグナスは先を行くアルルの後に従って宿を出た。


 
 
 
 …やはり眠れず、また外をぼんやり見ていると、浜辺で鮮やかな火が現れる。
 ラグナスとアルルが、早速花火を始めたのだろう。暗闇に紛れて二つほど人影が動く。
 「…花火…ね」
 ぽつ、と独りごちると、それは部屋の闇に消え入った。それが、酷くシェゾを苛立たせる。
 ─夜の闇を裂いて目に届く、色とりどりの光に目を細めた。
 花火は、燃えて、尽きる為に作られる。一瞬のうちに消えてしまうものもあれば、長々と保つものもある。



 いずれにせよ、燃え尽きてしまうのには変わりないが。

 シェゾはそれを、人のようだと思った。
 だから、花火は嫌いだとも思った。
 「終わり」を見るのは嫌いだった。花火にせよ、人にせよ。



 ─ふと、浜辺が暗くなる。花火が終わったらしい。
 今までより強調されたような気がする夜の黒に辟易したように溜息を零し、ベッドに横になろうとすると、すぐに視界の端に光が咲いた。

 「…?」
 新しい花火に火が付けられたのか。
 シェゾはすぐそれに思い至ってまた身を起こした。
 今度はかなり明るい花火で、二人の顔が見える。
 楽しげに笑っているアルルや、微笑を浮かべているラグナス。
 それが、闇の中いやに目に付いた。
 ─光、だからか?
 暗い夜なのに、まっすぐに、二人に視線が行くのは。 
 
 そんなことを考えながらも、窓から二人を見ていると、アルルがこちらに気付いたようだった。
 花火を片手に、ぶんぶんと手を振っている。
 それに気付いたラグナスもシェゾの方を見やって軽く手を振った。
 「…。」
 何となくそれに手を振り返しながら、シェゾはベッドから立ち上がった。
 漆黒のマントを纏い、静かに部屋を出る。


 
 
 
 花火は、嫌いだ。
 終わりがあるものは、嫌いだ。
 




 けれど。





 闇を裂く光は、嫌いじゃない。





 浜辺に出て、さわさわと潮風を浴びながら、二人の持つ花火を目印にゆっくり歩いていった。
 こちらに気付いた二人が、笑みを浮かべてシェゾを呼ぶ。
 
 眩しいな、と、目を細め、シェゾは光に吸い寄せられるように歩を進めた。











 * E N D *



 管理人より>
 某氏のお誕生日に捧げた三角関係気味の小説。
 チャット中に頂いた素敵な小説との等価交換も兼ねていましたが…。
 …全然足りずに借金地獄で火の車(笑)



 PCUP=2004年7月18日



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