暗い洞窟の中で、押し殺した─それでも荒い息が響く。

 こんな時、自分はどうして彼女のように治癒術を使えないのかを悔いていた。

 ─今まで独りで─その上、そうそう重傷を負うようなこともなかったというものや。

 仮に今のように独りではなくても、自分以外に使える人間がいて、無意識にそれに頼っていたところがあったのかもしれない。

 「─うーん…」

 ふと、隣でわき腹を抱えていたラグナスが苦笑気味に呻いた。

 痛むのかと見やれば、心なしか青い顔で笑顔を浮かべてみせる。

 「シェゾは、あんまり気にするなよ」

 「…─」




 ─閉鎖空間




 「…馬鹿かお前は。隣でゾンビ顔負けの青い顔してる男横目に昼寝とかできるか。うん?」

 「いや…昼寝は…困るけど…」

 壁にもたれ座り込んだお互いの顔を見やりながら、シェゾは大きく溜息を吐く。

 これがそもそも、ラグナスが彼自身の所為で負った傷ならまだしも、不意打ちで襲ってきた魔物から自分を庇った所為で負った傷となると。

 「大体なんで俺の前に出たんだよ。危うく吹き飛ばすとこだったぞ」

 「はは、何でだろうな。多分、無意識かな…」

 ラグナスが、ゆっくりと傷を刺激しないように吐息を吐いて目を閉じる。

 明かりの術で照らされたその顔は、恐らく本人が思うより傷が応えているのが現れていた。

 だがそれも少しずつだが良くなっているようだ。

 「…随分時間がかかってるが、大丈夫なのか?」

 ラグナスの、傷口を押えた手が淡い燐光を放っている。

 多少なり治癒の心得のある彼が、自分で止血と治療をしているのだがやはり痛みが意識を先行するらしくその回復は遅い。

 「キミが、俺を気にかけるなんて…随分珍しいね」

 明日は雨かなと、ラグナスが軽口を叩いて笑う。

 「別に─…」


 どうして、自分はこいつの傍にいるのだろうか。

 治癒をしている間にさっさと洞窟の出口まで戻って、そこで待機しているアルルを連れて来て治療させればいいものを。

 ─しかし、もしその間に、もし襲われたら?

 まともに動くことの出来ない、この男が…。

 幾ら歴戦の覇者、凄腕の剣士とはいえ手傷を負った状態で十分に反応できるとは思えない。

 だから─、というとまだ足りない。


 「…とりあえず、キミが無事でよかったよ」

 「お前が無事じゃなきゃ意味ないだろうが。アホか」

 「手厳しい…なぁ」

 「そのうち、死ぬぞ」

 「キミを護れて死ぬなら、『誰かを護った』ことで死ねるから、本望かな」

 「死にたがりか」

 「ちょっと…違うな」

 何が違うのだと睨んで見やると、幾らか回復したのか先ほどよりは和らいだ顔でラグナスが微笑む。


 「護りたがり、なんだよ」


 「…今世紀最大の馬鹿が」

 憎憎しげにセリフを吐けば、ラグナスはそれに苦笑してシェゾを見やる。

 シェゾはそんな彼の顔を見やらず、口を開いた。

 「誰がお前なんかに護られてやるかよ。ていうか、護られて死なれたんじゃ俺のプライドに関わる」

 「…ぷ、プライドって」

 「そもそも護られただけでもプライド傷付いてんだぞ? 死なせて堪るか」

 そこまで言ってから、シェゾははっとした。

 自分は、この男に死なれては困る。

 それがどうしてか、一瞬理解できたと思ったのに、次の瞬間には真っ白になっている。

 もどかしく、悔しい反面─どこか内心で忘れたことを安堵した自分を見つけるが、とりあえずプライドの問題に置き換え、摩り替えた。


 傷口の様子を見、大分血が止まったようなので、シェゾは立ち上がってラグナスに肩を貸してやる。

 「血は止まったんだろ。じゃ、あとはあの小娘に任せて本格的に治癒してもらえ」

 「あ、あぁ」

 身体をしっかり支え転移を唱え始めると、やはりまだ立つのは辛いのか、ラグナスはシェゾに身体を預けてくる。

 その重みが無性に恥ずかしく突き放しかけたが、悟られぬうちに術を唱えきった。




 ─この人の体温が無くならなくて良かった。





 /*Fin*/


 アトガキ>>季冬さんへ捧げました。10HitおめでとうSSです。

 リクが「密室などで二人きり。どちらか片方が怪我などしてラブな感じ」だったので、頑張ってみました。

 達成できていないかもしれませぬ(へコ


 PCUP=2006/06/02

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