どうしてこんな奴と二人で遺跡探査なんかしてるんだとも思ったが、理由を思い出すのも面倒で、諦めた。
Dシェゾは、目の前を行く金色の鎧をただ追いかけた。
ヒ シ ョ ウ ─飛翔─
この遺跡は、随分深いようだった。
潜ってからかなり時間が経過しているが、一向に最深部に付く様子はない。
「ホントにこの遺跡、自然なものなのかなー?」
目の前を行くラグナスがぼやくと、Dシェゾは「さぁ」と短く受け答える。
「少なくとも人工の気配は少ない…」
「少なくとも、だろ?…何かいけ好かない空気があるよ。ここ」
嫌そうにラグナスが零す。
それはDシェゾも感じていた。
明らかかに、自然ではない何かがその遺跡には感じられる。
けれど、それは人の手が入っているとかそういうものではなく、本当に、謎としか言い様のない異質な空気。
─異質…。
Dシェゾは、ふとその言葉に自嘲を浮かべた。
自分の言うべき言葉ではない。 異質さでは、自分に勝るものはないだろう。
時空の水晶でありながら、同時にある闇の魔導師のドッペルゲンガーとしてここにいる自分。
自分が異質ではないとしたら、何が異質だというのだ。
そんなことをつらつらと考えていると、カコン、と足元で何かが動く音がした。
「……!」
咄嗟に、その場を飛びのく。
「Dシェゾ!?」
Dシェゾが飛びのいた場所を、ヒュンヒュンと矢が飛び交うのを見、ラグナスは驚いたように息を詰らせた。
「─トラップ…。嫌な気配はこれか…!」
苦々しく言うラグナスに、Dシェゾは回避しきれずやや破れたマントを見て舌打ちする。
自分としたことが、あんな見え見えのトラップに引っかかるとは。 どうかしている。
忌々しそうに溜息を吐くと、ラグナスが安否を気遣う声をかけてくる。 それに、無事だと言う返答を返しトラップを乗り越えた。
「それにしても…君ほどの奴がトラップにかかるなんてね…。
どうかしたのかい?」
「…煩い」
放っておけ、と突き放すと、ラグナスはひょい、と肩をすくめた。
そして、それきり黙りこむ。
それでいい。
Dシェゾは口に出さずそれを思った。
自分の調子なんか気にしなくても良い。 お前(他人)には関係ないのだから。
自分が不調だろうが好調だろうが、お前には関係ない。 他人であるお前には関係ない。
─しかし、まさか。
自分が思考にとらわれてあのような失態を犯すとは思っても見なかった。
まだまだ自分も未熟だと言う事だろうか。
「…はぁ」
何となく、また溜息を零す。
だがそれは、通路の暗闇に消えた。
暫く行くと、行き止まりに突き当たった。
他に道はなさそうで、どうやらここが遺跡の最奥らしい。
きょろきょろとラグナスが辺りを見回す中、Dシェゾはこの遺跡から感じる異質な気配の正体を探っていた。
特にこの辺りが、その気配を強く感じるのだ。
「なあ、Dシェゾ…。 この辺、なんかあるよな?」
「…ああ」
「…でもそれらしい仕掛けもないし…」
こんこんと通路の壁を叩くラグナスの背中を見ながら、改めて通路を見回す。 確かにラグナスのいうようなそれらしい仕掛けはない。
魔力感知の出来ない人間ならここで諦めて引き返すところだが──
「…そうか」
魔力感知。
Dシェゾはそれに自分で納得した。
常人は感じられない、『魔力』。 それを感知するのがこの通路の鍵だ。
「ラグナス。 …何処に一番力を感じる?」
「ぇ? この辺かな……」
「そうだな…俺もそこだ」
壁の一角を指して答えるラグナスに同意して、Dシェゾはそこに近寄った。
案の定凄い量の魔力が放出していて、魔力を媒体としているDシェゾは、自身の内側がライオットするかと思うほどの猛りを感じた。
「くっ……」
勝手に流れ込んでくる膨大な力に、Dシェゾは顔を顰めてそこから身を離した。
訝しむラグナスに、Dシェゾはそれと気付かれぬよう苦笑した。
ライオットしそうな内面に歯を食いしばりながら壁に寄りかかる。
「…Dシェゾ?」
「…気にするな。 魔力に当てられただけだ…。 そこの…壁…。 ここを巻き込まない程度の魔法で吹っ飛ばせ」
「無茶言うねえ君も…。 まあ、やってみるよ」
にやり、とした笑みを浮かべるDシェゾにラグナスは苦笑を浮かべた。
壁に寄りながら、さりげなくDシェゾに回復魔法をかける。
「…余計な事を」
「ま、俺の気持ち?」
あり難く受け取って?とラグナスが首をかしげて笑うのに、Dシェゾは鼻を鳴らしてリバイアを張る。
ラグナスは、それを確認した後に目を閉じて意識を集中する。
やがてすぐに魔力が集結して光の矢の形を取る。
「─ホーリーアローッ」
力のある言葉が響き、光弓が放たれ─
ゴゥン!
「─ひゅう…」
土煙とともに、壁が掻き消える。
その向こうに新たな階段が隠されてた。 ラグナスが溜息混じりに感嘆の声を漏らす。
「お見事、だ」
純粋に賛辞を送ると、ラグナスは苦笑してDシェゾを振り返った。
「君が教えてくれたからだよ」
「…ふん…」
行こう、と誘うラグナスに、Dシェゾはゆっくりと壁から背を離してラグナスの後を追った。
埃臭い階段を降り切った場所には、開けた空間があった。
ただ、広いだけの空間。
「へえ、凄いなあ……」
見渡してまた感嘆するラグナスをよそに、Dシェゾはさっさとその階層の探索を始める。
しかし─
魔力が満ちているだけで、特に何か仕掛けはありそうに無い。
はて、と首を捻っていると、一箇所また不自然に魔力が集まっている場所がある。
そこに近寄ると先程より濃密度の力が噴出しているのを感じて慌てて身を引いた。 その拍子に─
「!」
後ろにすっ転ぶ。
「……!」
大慌てて起き上がり、ラグナスのほうを見やる。 が、幸い転んだのは見られなかったらしい。
ほっと息を吐いて、再びその魔力の集まる台座を見やる。
ただの石台座に見えるが、よくよく見れば何か文字が掘り込んである。
ここはやはり、自然な遺跡ではないのだろうか。
訝しみながら、赤い瞳を細めてその文字を口ずさんでみる。
「『…我は汝を支配せし者…。 汝我が言霊に従いて盟約を果たせ』」
一文を読み上げると、ヴン、と小さな音がして台座が淡く光る。
それに気がつかず、夢中で読み進める。
「『汝我が言霊に支配されし者。 今ここに汝を縛る言霊を与える。
─我等を導け。 汝の在ったその世界へ。』……?」
読み終えた途端だった。
…ゴゴゴッ!!
「…!?」
足元にあった床が嫌な音を立てて動き始める。
「…!Dシェゾッ?」
流石にその音には気がついて、ラグナスが切羽詰った声を上げた。
「っ…な…」
驚く二人をよそに、床は動き続けて、浮き上がっていく。
あっという間にDシェゾの四方3Mほどが床から隔離されて、意思を持った生物のように天を目指す。だが、その浮き上がる先には崩壊した支柱だけだ。
きっと昔、あそこには何か転送装置があったのかもしれない。
しかし今は、そこに何もない。
─風化したか…。あるいは故意的に封じられたか。
冷静に分析を重ねていたDシェゾだったが、そんな場合ではない。
「Dシェゾッ…!」
地上(?)で、随分遠くなったラグナスが叫び、呼んでいるのに気付いて見下ろすと─
「…参ったな」
高さ、およそ何十Mである。何という上昇速度だろう。
これでは流石に飛び降りるわけには行かなくなった。しかし、目前にはどんどん破壊された支柱の隆起が迫ってくる。
一瞬魔法で吹っ飛ばしてしまおうかとも思ったが、しかし、今必要以上に魔力を蓄えてライオット寸前の自分が、それを巧く制御できるかどうかは分からなかった。
まずい。
Dシェゾは久しくそんな感情を感じた。
つ、と冷や汗が頬を伝い落ちる。
さて、どうしようか。それ以上の考えが浮かんでこないのだ。珍しく。
いつもなら必要以上にでしゃばってくる思考が、凝り固まっている。
そうこうしているうちに隆起は目の前である。
かくなる上は重症覚悟で飛び降りてやろうかなどと相当に詰った考えが廻り始める中、ラグナスがまた叫んだ。
「─Dシェゾ!飛び降りろ!」
「─?」
言われなくても、と視線を落とすと、ラグナスが腕を広げて見上げていた。
…そこへ飛び降りて来いという事か。
「……信用、しろと?」
お前(他人)を。
「…信じろと?」
どちらかがへまをすれば、二人ともただじゃすまないだろう。
Dシェゾがうまくやれば、自分は無傷ですむ。だがラグナスは相当な痛手を負うだろう。
そんなこと、分かっているだろうに。
真意を測るように見つめていると、ラグナスはそんな彼を早くと急かした。
焦りと、それでも冷静な光を燈す鳶色の瞳。
何故、そんな目を自分(他人)に出来るのかと、思った。
床を、蹴る。
先程とは違う、空に放り出される浮遊感が身体を包んだ。
その後、ヒュウ、と耳元で風が切れる音がする。
ああ、落ちてるな、と、他人事のように思いながらDシェゾは身体を落下するままに任せた。
先程まで立っていた床が近くなるにつれて、酷く胸が締め付けられる。
そして。
広げられた腕に、飛び込む形でDシェゾは着陸した。
「っくぅ!」
「…ッ!」
巧くいった。
巧くいったのだが、やはり衝撃は物凄い。
何せ何十Mである。そこからの落下速度と、付け加えてDシェゾの体重を鑑みれば、殺人的な衝撃だっただろうに、ラグナスはそれを歯を食いしばって堪えていた。
Dシェゾも少し咳き込みながら、顔を顰めた。
「ゲホっ……やっぱりきつかったかなーッ…」
「ったりまえ、だ……!」
「でも、熱烈な抱擁…、有難う?」
「……キサマなんぞ…肋骨折れろッ…」
苦しげに、それでもおどけた様に茶化すラグナスに、Dシェゾは憎憎しげに呟いた。
カタカタと手が震える。
それを無理やり抑えて、微かに自嘲の感情が浮かぶ。
─そうか。あの、胸を締め付けた感情は─
恐怖か。
自分にもこんなカンジョウがあったのかと感心していると、頭上で浮遊床(たった今命名)が、支柱と衝突して砕け散った。
カラカラと欠片が降って来る中、二人は暫し抱き合ったような形のままそれを見上げていた。
先に我に返ったのはラグナスだった。
「っと、はい、ごめんな。怪我は?」
ぱっとDシェゾを解放して、にこりとする。
Dシェゾはそれに大事無い、と短く答える。
ぱしぱしと埃を払いながら乱れた髪や衣服を整える。
─そのついでに、Dシェゾはふとラグナスに目をやって尋ねた。
「……お前は?」
「…」
ラグナスはきょとんと目を丸くした。
その後、ああ、と嬉しそうに瞳を細めて、
「無いよ。……有難う」
やはり、にこりと微笑んだ。
鳶色の瞳が、輝く。
嬉しそうだな、と、何となく思った。
その原因が、たぶん自分の発言であろう事はわかっていたけど。
Dシェゾはあえてそれを気にしないことにして目をそらした。
「結局何も無かったな…」
「…あぁ」
行きにつけてきた目印を辿って帰路に着きながら、二人は初めより打ち解けた雰囲気の中呟きあう。
「そういえば、あの台座なんだったんだ?」
「ん…。 …まあ言ってしまえば転送装置の一種だな…あの壊れた柱に恐らく本元の転送機があって…」
「あ、あー、つまり、あそこは単なる転送室だったってわけだ」
くどい話が始まりそうな気配に、ラグナスは慌てて言葉を挟んだ。
Dシェゾは話を中断されてややむっとしたが、「まぁ、そうだな」と同意しておく事にした。
「と、言う事はここは自然に見せかけた人工物だったことだねー…。残念」
ラグナスはあらかさまにほっとしたように溜息を吐いて、あ、と声を上げた。
「そういえば、身体平気か?…魔力が随分荒れてるみたいだったけど」
「…もう平気だ」
あの、異常なほどの魔力を吹き出している場所から離れれば何のことは無い。
必要以上な魔力はゆっくりと放出されてやがて元に戻る。いまや完璧に元通りに近い状態である。
お得意の空間転移も使える。
それでも。
この男を置いてさっさと帰らないのは、さっきの義理か。
「…ホントか?無理なら言ってくれよ?おぶるから」
「……。死んでも言わん」
やっぱり置いて帰ろうか。
Dシェゾは、本気のような鳶色に呆れた溜息をついて足を投げ出すようにしながら歩いた。
その日、特に収穫は無かった。
痛い思いをしただけの気がした。
無駄に時間を潰したかもしれないとも思った。
けれど、
他人を信じてみるのも良いかもしれないと、新たな意識が芽生えたのは予想外。
自分が恐怖を感じれると気付けたのも予想外。
それがあって、Dシェゾは、その日を無駄だと思うことが無かった。
後に残ったのは、抱きとめられた時の強い衝撃。
ねんど。(ぇ)
管理人より>
やっと終わったよ・・・。つか無駄に長すぎだよ……。(汗謝)
今回は不発です。つまらなくて御免なさい。
PCUP=2004年7月23日
モドル