別に所有権を誇示するわけではないのだけれど。
「そこ、座って」
「…ハイ?」
「いいから座る」
「…う、うん」
人の言うことに従い、ラグナスは大人しく木の根元に腰を下ろした。
いつも自分を見上げてくる視線が、今はじっと自分を見下ろしている。
─その背にしょった咲きかけの桜は、ずいぶんと似合っていた。
「座ったけど…」
「足伸ばして」
「…俺は一体何をされるんですか」
「足伸ばす。さもなくば踏む」
「…」
Dアルルの言い分はいつだって簡素で、要点だけだ。
ラグナスは、ちらりと彼女の足を見た。細い足だが、どこを踏むか、どのくらいの力で踏むかによって破壊力は大きく変わるだろう。
それにこんな平和な時間に、痛い目を見たくないので言うとおり足を伸ばした。
「これでいいのかい?」
「良いよ」
Dアルルは一瞬だけ満足げにすると、再びいつもの無愛想な顔に戻ってラグナスの隣へ腰を下ろす。
それから、もぞもぞと動くと突然ころりと横になった。
「…んっ?」
「何?」
「…何で膝に頭載せてるのか訊いても良いかな?」
「眠いからでしょ?」
「……」
左様ですか、と苦笑すれば、じっとりした目が睨み返してくる。
まあ、ちょうどこの午後の昼下がりという時間は睡魔や気だるさが強くなる頃だ。
別に拒否する理由はないし、たまにはいいかとラグナスも背中を木に預けて目を閉じようとした。
─が。
「君は寝ちゃダメだよ」
”ぎゅいっ”と、肉の少ない太ももを強くつねられ、短い呻きと共に慌てて頭を起こす。
「君が寝たら、誰がボクを起こすのさ」
「本気で寝るつもりなんだ…」
「ボクは寝るといったら寝るんだ。枕は枕らしく枕になれ」
「ごめん、俺実は枕じゃないんだ」
「今はボクの枕だ。いい?寝てる間に動いて落としたりしたら許さないんだからね」
「……ワカリマシタ」
「解ればよし」
どうやら、揶揄でなく本当に寝るつもりらしく、Dアルルは暫く安定を求めるようにもそもそとした後に目を閉じた。
確かに今日は日が差しているが、まだ肌寒い季節だというのに、一体どんな気まぐれを起こしたのかとそっと膝にかかる髪の毛を梳く。
知っている少女とよく似ている髪だが、ほのかに赤みがかって綺麗だ。
「…」
「……」
「…」
そ、と顔を覗き込もうとすると、ぱちっと開いた目に見事ぶつかる。
「何?」
「…無防備すぎやしないかなって」
「君がいるでしょ」
「……いや」
「それとも、君は寝ているボクに何かするつもりなの?」
ニヤリと意地の悪い笑み。
するわけがないと解っているのだろう。否定できないラグナスはただ笑顔でごまかした。
「…意気地なし」
「よく言われます」
また目を閉じて、Dアルルは本格的に寝入ろうとし始める。
だが今度は遮らずに、遠くの景色を眺めた。…山は雲がかかってよく見えない。
まれに風に煽られて、桜色の花びらがちらりと落ちてくる。
この木は春真っ盛りの時期まで、ちゃんと花をつけていられるだろうか。
「……」
「………」
「…ねえ」
「ん?」
「撫でろ」
「命令なんだ…」
─…何が気に入らなかったのだろうか、寝入ろうとした自分からそんなことを言い出した。
不服かと目が問うてきたので、代わりに額を撫でる行動で返す。
「まったく、寝にくい枕だな。カンナで削ってやろうか」
「あのね、俺の脚は枕にするためにあるんじゃないから。」
「冗談だよ」
「…寝ないの?」
「…寝るよ」
「じゃあ口を閉じて、目も閉じて。ついでに俺の脚をつねるその手もどうか胸の上に」
「ふん」
ごろりと寝返り、仰向けになったDアルルは珍しくラグナスの言うことを聞いて目を閉じた。
だが、その手は横に垂れていたラグナスの腕を掴み、自分の頭へと持っていく。
「……まさかとは思うんだけど──」
「…甘えてる?」
妙な行動が多いので、思わず尋ねてみるが。
「自意識過剰な勇者ほど救えぬものはないね」
Dアルルは無表情なまま、鼻先で笑うように言った。
「ボクが甘えてるんじゃない。君が甘やかしている」
「…………。」
「ホントに寝るよ。ボクが起きたそうだったら起こしていいから」
「ちょっと待った。それって─」
質問が終わる前に、小さな寝息が聞こえ始める。狸寝入りか、本当に寝たのかは解らないがどうやら質問は受け付けないらしい。
「…いつ起こせばいいんだよ」
呆然と呟いても、膝の上で惰眠をむさぼるお姫様はもう鼻先の笑いすら返してこなかった。
─所有権を誇示するわけではないのだけど。
相手の一部を支配するのは、何故だが心地がよい。
ラグナスは、膝に乗った彼女の頭を撫でながら。
Dアルルは、枕に敷いた彼の足を感じながら。
ただ、無言でいた。
/*FIN*/
あとがき>>
某方とお話しつつ書き上げたモノです。
私の書いたラグはなんだかすぐわかるそうです。
多分腰が低いからですねww
PCUP=2006/12/27
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