触らなければ擦り寄ってくるくせに。
触ろうとすれば逃げていく。
「おい」
「んー?」
「お前は俺を舐めてるのか?」
「頼まれても君なんか舐めたりしないよ。不味そうだ」
─そういう問題じゃない。
シェゾは、机の向かい側で頬杖をつきながら楽しそうに自分を見つめるラグナスを見た。
「…お前は触られたいのか、触られたくないのか、どっちなんだ」
「デリカシーない質問だな…」
言いながら手を伸ばして頬を触ろうとする。
だが、ラグナスはひょいと軽くそれをかわしてまた笑顔を浮かべた。
不機嫌な顔をするシェゾに、何か悪い事でも?と言いたげにくすくすと含み笑いを零す。
「俺とお前の二人きりだ。何を気にする事がある」
「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ?」
大体二人きりじゃない、とラグナスは視線を走らせた。
その先にはほの暗いカウンターで黙々とグラスを磨き続ける店の主人がいる。
表情がないように見えるのは顔に刻まれたシワの所為か、それとも二人しかいない客のやり取りの所為か…。
─所在をなくした手をぶらぶらと振って見せると、ラグナスに掴まれた。
引く力に導かれるままに相手の頬を触れば、猫が咽喉を鳴らすような笑顔を浮かべる。
「……理不尽だ…」
がっくりとうなだれると、ラグナスはやっと笑みを消したようだった。
不思議そうにシェゾの顔を覗き込んでくる。
舐められているというよりも、遊ばれているのかもしれない…。
強引に抱き寄せようとすれば軽く逃げられてかわされる。
だが、唐突に抱きついてくる事もある。
「……おい」
「んー?」
「─俺の事が好きか?」
「さー」
シェゾの髪をいじくるラグナスの返答は上の空だ。
その腕を掴んで引き寄せると、少し驚いたような鳶色が視界一杯になる。
「…」
「……」
「近いよ」
「ああ」
唇が震えると、相手のそれに軽く触れた。
「近くしてるんだ」
もっと近くと寄れば、その距離を保ってラグナスが身を引く。
「過剰な接近は俺の心臓に悪いから嫌だ」
「……俺が何を言われても傷つかない人間だと……?」
接近をやめると、逆に距離を詰めて鼻先に軽い口付けを落としていく。
ため息をついて、シェゾは席を立った。
「そろそろ行くぞ」
「ん」
疲れた声をかけるとラグナスもシェゾにならって席を立ち、代金をテーブルの上に置く。
二人分の代金であるのを確認し、そのまま外へ向かう。
またどうぞという声を背に受けながら空を見上げた。
天は高く満点の星が光る。
明日は良く晴れるだろうな、と何とはなしに思っていると、無防備に垂らしていた右手に人肌の温度が触れた。
「シェゾ、どうかしたか?」
「……いや」
視線を落とせばラグナスがその手を握っている。
一体どういうつもりなのかと思いながら握り返して、夜道を歩き出した。
どうせ行く場所は一緒なのだし、人目があるわけでもなし。
「明日はどうしようか」
「もう少し遠い街まで行ってみるか」
「晴れそうだもんな」
繋いだままの手をぶらぶらさせながら、特に行き先のない旅の予定を立てる。
「ちゃんとついて来いよ」
「さあ、どうかなー」
まあ少なくとも。
このつかみ所のない猫のような男が、こうして手を握りに着ているのだから。
一応懐かれているのだろう。
-END-
あとがき>>
8万打記念リク 第一位:シェラグ
たくさんの投票ありがとうございました!
ていうか8万とかホントに…!
黒猫のタンゴが元ネタ。ちょっと不燃気味orz
PCUP=2008/02/24
モドル