毎夜、焚き火の番を申し出るラグナスに、誰かが何故を問う事はなかった。
ただ…責任感の強い男であるから、きっとそのせいだという意識がいつの間にか根付いていたのかもしれない。
今日の野宿でも、ラグナスは笑顔で焚き火の番を引き受けて一人夜の闇の中で座り込んでいた。
パチッ…
薪がはぜて立てた音に、闇の一部がうごめく。
もぞりと身を起こしたそれの頭には、銀髪の端正な造りの顔がのっていた。
「起きたのか?」
「…お前はまだ起きてんのかよ」
ラグナスの問いに、それは半ば呆れた様子で蒼い目を開く。
ラグナスは、苦笑を返して薪を火にくべた。
「…お前…」
「?」
銀髪の男は、ラグナスの真正面であぐらをかいて、目をあわせず言う。
「…眠れないのか?」
空気が沈黙し、ラグナスも苦笑のまま視線を落とすが、その仕草こそが男の問掛けを肯定していた。
「…どうしてわかったんだ?」
「…何と無くな」
「まいったな…」
オレンジの火がまた一つはぜ、火の粉が舞い上がる。
「今日だけじゃないだろう」
「ああ」
「以前からそうなのか?」
「うん」
「…いつ寝てるんだよ」
「─……」
男は炎に照らされた不機嫌な顔をラグナスに向け、切れ長い目を更に細くして睨んだ。
しかし、向けられた本人はただ笑みを作ったままで動じすらせずにそこにいる。
「…シェゾ」
ラグナスがふと口を開いたのは、シェゾに再び眠気が掛かって来た時のことだ。
名を呼ばれ、何だと顔を上げるとラグナスは膝を抱えて顔をそれに埋めた。
「…シェゾは─…人の悲鳴が耳にこびりついたことはないか?」
「…ああ」
あったのかもしれない。
もっとずっと昔…、思い出せないくらいの昔には。
「…夜になると、耳が痛いくらい思い出すんだ」
ラグナスは、目を閉じてぽつりと話し出す。
耳に張り付いて消えない、人や魔物の断末魔のことを。
それが、夜毎に自分を責めるのだと。
「甘いんだよ…お前は」
「はは、そうかもしれないな…」
優しすぎるんだ、と呟きで付け足す。
シェゾは、のそりと動いて立ち上がると、ラグナスの隣に座った。
訝しむラグナスの腕を引き膝に抱えると、その両耳を強く塞ぐように手で押さえ込む。
「…おい、シェゾ?」
「こーすりゃ聞こえないだろ」
「そ、そうじゃなくてこの体勢─」
「うっせぇな、ぐだぐだ言ってないで寝ろ」
膝の上でラグナスが焦ってもがくのを、無理やりに押えると、やがてラグナスは諦めたかのように目を閉じた。
「…火の番は俺がしててやるから安心して寝とけ」
「…あぁ」
「耳も塞いでてやるし、うなされたら起こしてやる」
「…うん…」
手越しに聞こえるシェゾの重低音は心地よく、久しぶりの人の体温がラグナスの睡魔を引き起こして眠りに誘う。
「─オヤスミ」
「…ああ…おやすみ」
あったかいな、と。
ラグナスは微笑を浮かべた。
瞼の裏の闇は随分と自分に優しく、久しぶりにラグナスは安らいだ気分で眠りにつくことが出来た。
耳にこびりつく悲鳴は、シェゾのおかげか聞こえなかった。
自分ともう一つ、誰かの鼓動だけが伝わって─
意識が途切れる時、頬に暖かいものが滑り落ちていった。
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管理人より>>久しぶりにシェラグ。
えーと。ラグナス不眠症物語(謎)
UP=2006/05/07