─すすむみち─





 「シェゾはさあ」
 「あん?」
 放課後。
 殆どの生徒が部活動や帰宅をして、教室からいなくなった後だった。
 不意にラグナスに呼ばれて、シェゾは未だに真っ白な『進路調査』の紙から目を離した。
 「進路、決まってる?」
 「決まってないから今こうして居残ってんだろ」
 「違いない……」
 そういうラグナスも、手元の調査表は真っ白だ。
 「お前こそ決まってるのか?」
 意地悪にも問い返すとラグナスはにこりとしてみせる。
 「……シェゾのお嫁さん?」
 「あの世の住人になりたいらしいな。つか嫁かよ」
 突っ込みどころ満載の台詞に、律儀にも突っ込む。
 ラグナスは明らかな殺人予告付きの突っ込みにやや怯みつつ、変わらない笑顔をシェゾに向けた。
 「だって調書に書くならさぁ。シェゾは男だし?」
 「書くな。」
 「えぇ…これ結構本気なのに」
 「…もういい」
 呆れてものも言えないといった溜息を吐き、シェゾは再び真っ白な進路調査表に目を落とした。
 卒業まであと、もう一年もない。
 大概はっきりと進路を決めないといけない時期だ。
 それなのに、彼の頭の中には先の事なぞ微塵も無かった。
 これはまずい。
 彼等の学年主任は、自分が主任を受け持つからには一人たりともフリーターを出す気は無いと息巻いていた。
 だからこそ、この進路調査表を白紙で出すわけにも、希望欄にフリーターと書いて出すわけにもいかない。
 進学は、ほんの少し考えた事がある。
 だが、どの学校もこの土地から随分離れていて、どこかに下宿でもしなければ一年もしないうちに足代のために辞める羽目になるかもしれない。
 中途半端は嫌いなので、シェゾはそこでそれを諦めた。
 「……ん?」
 そこで、はたと気付く。
 何故、最初からどこかで下宿すると言う選択肢を自分の中で消去してしまっていたのか。
 「……」
 手の中のペンを躍らせて、自問すると答えはすぐに出た。

 ─下宿すれば、今住んでいる場所から出ることになる。
 イコール。
 現在同居しているラグナスから、離れる。
 これにより。
 
 自分は、ラグナスから離れたくないがために進学のために下宿という選択肢を消した。
 と、なる。

 「………。」
 妙な等式が頭に閃いてシェゾは頭を抱えてしまった。
 その様子に気付き、ラグナスはシェゾの頭を丸めた教科書で叩いた。
 「…シェゾ?寝た?」
 「寝るか、アホ」
 「でもさあ、進路って言ってもそう簡単に決まらないよな」
 「…そうだな」
 「進学だって、俺たちが住んでる場所からじゃみんな遠い場所ばっかりで…。……。そういえばシェゾ」
 「何だ?」
 「シェゾ、初めは進学しようとか言ってなかったっけ」
 がこがこと椅子をシェゾの机の傍に寄せ、ラグナスは尋ねた。
 「…言ったか?」
 「言ったよ。で、今なんで悩んでるんだ?進学したいなら……」
 すればいい、と言いかけた唇が止まった。
 「…そっか。進学だと下宿とかで家出なきゃなんだ」
 「…」
 「あ、気にしないでいいんだよ?その辺は…。シェゾが行きたい学校行けるなら俺は、別に」
 「…バカ」
 シェゾは、自分勝手に話を進めて行くラグナスの頬を思いっきり抓った。
 面白いように伸びるそれに暫くグリグリと力を入れて捻る。
 「い、いひゃいよ、しぇぞっ!」
 「誰が、いつ、どこで。お前と一緒にいるから下宿も出来無いと言った?」
 「ひがうの?」
 ぐにぐにと頬を引いているため、やや発音が可笑しいラグナスに、シェゾは続けた。
 「…まぁ多少は違う」
 「じゃあにゃんで?しぇぞにゃら成績もいいし良い学校いけゆのに」
 「……………。別に…ただ俺がお前から離れるのが嫌なだけだ」
 「……。」
 「分かったか、この鈍感ヤロウ!」
 「いひゃひゃひゃ」
 最後に、照れ隠しで思いっきり頬を引っ張った。
 ラグナスは痛みに涙目になりながら大人しく引っ張られている。だが、その顔には微かに笑みが浮かんでいた。
 「…ふん!」
 ぱっと解放して、腕を組んでそっぽを向くと、ラグナスが赤くなった頬を擦りながらくすくすと笑い声をもらす。
 「笑うな。また伸ばすぞ」
 「無理」
 「な」
 「どうしよう。俺凄い幸せ者かも」
 そう笑ったラグナスは本当に幸せそうな笑みでシェゾを抱き寄せる。
 「お、おいっ!」
 教室で、と大慌てになるシェゾにラグナスは抱き締めたまま力を入れていく。
 「…ラグ?」
 「卒業しても一緒にいてくれるんだ」
 「…」
 「…ああもう。可愛いなぁ…シェゾは」
 「可愛くない。」
 誰もいないのを確認してから、抱き返す。
 今の顔を一番見られたくないので、ラグナスの肩に真っ赤な顔を埋めた。
 「…キスして良い?」
 「教室だぞバカ」
 「いいじゃないか別に。人いないしさぁ。…それに」
 ぐぃ、とシェゾを押し離して、ラグナスはシェゾの顔を見つめた。
 咄嗟の事で思わず顔を隠すのが遅れ、赤い顔が視線に晒される。
 ラグナスの真剣な顔は変わらなかった。内心はどうだか知れないが。
 「今凄くキスしたいから」
 「…勝手にしろ」
 それでもせめてもの抵抗に目をそらす。
 逸らす直前、やっぱり嬉しそうに笑ったラグナスが視界の端に映った。
 それから、ゆっくり重なってくる唇に、シェゾはその目を閉じた。





 卒業後も一緒にいると言う事を約束した後日。
 二人は、進路調査表を白紙で提出した。





 …勿論、再度居残りをさせられたのは言うまでもない。










 * E N D *


 管理人より>未咲様へ、相互リンクお礼。
 進路は、「すすむみち」。それを調べる「進路調査表」を「白紙」で出したのは何故でしょう?  答えはいつか別のお話で……v   未咲様への贈り物。未咲様だけお持ち帰り可能です。

 PCUP=2004年8月31日


 
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