言葉で伝わらないのなら



 「愛してる」

 一つそう呟いて抱き寄せて。

 「冗談よせよ」

 そう言われては突き放されて。

 「嘘じゃない」

 驚愕に見開く瞳も愛しいのだと、言えば、それは怯えに変わった。

 「…おい…、シェゾ」

 その声も愛しく、また俺の胸を揺さぶるのだと。
 言えば、その体が震えているのが分かった。

 「愛している」
 「シェ、ゾ?」
 「愛している。─ラグナス」
 「やめろ、落ち着け。…なあ!」

 口を開いて、再度繰り返す。

 「愛してる。その目も、その声も、すべてが愛しい」

 だから俺に、すべてよこしてくれないか。


 ラグナスが背を向けて走り出そうとする、その腕を捕まえて。
 抜き身の剣を振るった。
 足の腱を断てば、鮮血とともに崩れ折れる体を背中から押さえ込んで見下ろす。
 ああさすがに、勇者と呼ばれる男だな。
 こんなときでも悲鳴を上げずに唇を噛んでいる。
 物を語る目はすでに怯えきっているくせに、強情で、なんて可愛らしいのか。
 「言っても俺のものにはならないだろう?」
 体をまたいだまま、起き上がろうとするその頭を地に押し付ける。
 「─っだったら、死ね、っていうの、か…?」
 「いいや?」
 「ならどうして、こん、な」
 「言っただろ。愛して、いる」
 見上げた琥珀の視線が、愛しくてたまらない。
 噛み切られた唇が震えながら、狂っている、と呟いた。
 「どこが?」
 「っ男に、愛を囁くことも、こんなことも、全部に、決まってる」
 「そうだな、狂っているかもしれない。だが仕方がないと思わないか」
 「な…」
 「だって」

 「言葉では伝わらないんだろ?受け入れないだろ?
  それなら、せめて他の誰にも渡さないようにしてしまいたい──」

 見開いた目に映った俺の顔は穏やかに笑っていた。

 無心で剣を振り下ろす。
 最初こそ呻き声だったそれは徐々に泣き声になって俺の耳に触れる。
 こんな時でもお前の声を少しでも長く聞いていたい。
 こんな時でも、お前の瞳に映っていたい。

 熱い血が頬に掛かれば、口付けを落とすより満たされる。
 逃げようともがく腕に、剣を突き立てれば。
 夢で何度も何度も汚した時よりも酷く興奮した。


 「愛してる」


 言葉で伝わらないのなら、モノにしてしまえばいい。
 俺以外のところに行かないように、しまいこんでしまえばいい。

 狂っていると言われてもいい。
 こうしてしまえば、もう俺のものなのだから。

 もう、どこにもやらない。
 もう、誰にも渡さない。

 もう嫉妬しなくていい。
 手の届かない苦しみに嘆くこともない。


 「シェ、ゾ…─……!」


 ああでも、名前を呼ばれなくなるのは寂しいな。



 そして、一際大きな血潮が溢れた。





 後に残るのは赤いじゅうたんと、血に塗れた誰かの剣。
 かつてそれは光の剣と呼ばれていた。






 /*Fin*/
 


 あとがき>>
 巷でヤンデレが流行ってると聞いて(違)


 PCUP=2009/09/06


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