この感情の正体が嫉妬だと気付いたら、後はなし崩し。
 いつかの可愛い願いすら、ただそれが叶わなければいいと思い始めて。
 時たま彼だけに向ける微笑が、ただ深く胸に影を落としていた。
 ─ああ、どうしてこの嫉妬の対象が、『彼女』だったのか。
 


 願い事



 「…はぐれたな」
 「…そうだね」
 俺とシェゾは今、深い森の中にいた。
 二人の周りには他に誰もいない。
 「チッ、全く…面倒なことになったぜ」
 「まあ、そう言うなよ。さてどうしようか…」
 毒を吐くシェゾを宥めてから、俺は暗い森を仰いだ。
 鬱蒼と茂った木々の合間を鳥が飛び交わしている。その向こう側の空は日を落としたのか闇が落ち始めていた。

 ─どうやらこの森は多少空間が歪められているらしい。
 ついさっきまで隣に居たルルーや、俺の前を歩いていたアルルが目の前でふっと掻き消えたように見えた。
 森に住む悪戯好きな妖精か、はたまたここがそういう磁場に存在する場所のせいかはともかく─
 俺達は見事、二手…いや、あるいはバラバラになったらしい…。

 「アルルやルルーは無事かな」
 「小娘はともかくあの筋肉女は心配するだけ無駄だな」
 「あはは…」
 「どうせあっちも二人組みだろうし…、お前が気を揉む事もない」
 「?どうして二人組みだとわかるんだ? バラバラになってるかも─」
 「カンだな。俺とお前がこうして同じ場所にいるし─
 まして2人、1人、1人と分ける器用な空間操作なんてそうそう罠でもなければありゃしねーよ」
 シェゾのカンはよく当たるということを、本人からよく言われている。
 大体自信を持って言い切るあたりにそれが裏付けられていた。
 「じゃあ行くか」
 「ぇ?」
 徐に言い、歩き出すシェゾの背を追いかけ、俺は少し高い位置にあるシェゾの顔を見上げた。
 「行くって、どこへだ? こんなに空間の歪んでる場所を─」
 「こういう森でこういう歪み方をするのは、遊んでるからだ」
 俺の方を見ずに、ただ前だけを見つめる青い眼が面倒だと言いたげに細まる。
 「…誰が?」
 「…少しは考える頭がないのか?」
 「わ、悪かったな、考えてなくて」
 「じゃあ考えろ」
 「…解らなかったら情けないからあえて考えずに訊かせてもらう」
 「…」
 重い溜息が落ちた後、シェゾが足を止めて俺に方へ顔を向けた。
 端正なつくりの、冷たい美貌。
 こうして二人で顔をあわせることが少なかったから気づかなかった、その蒼い眼の深さに─一瞬意識を奪われた。
 すると、それに気付いたかのようにシェゾの目元が笑ったかに思えた俺は視線を逸らす。
 「森がな」
 「…森が、遊ぶ…?」
 再び歩き出すシェゾを追い、言葉を繰り返すと頷いたのが見える。
 「稀に、旅人を迷わせて遊ぶんだ。 満足すりゃあ解放してくれるさ」
 「へぇ、詳しいんだな」
 「お前はなかったのか?」
 「…ぁー…。あったのかもしれないけど、解らないな」
 正しくは覚えていない、だけど。
 「それはそれは、お幸せなオツムだことで…」
 歩きながらくしゃくしゃと髪を掻き混ぜられ─その思いもよらぬ手つきの優しさから、俺は逃げるように首を振った。
 「ど、どういう意味だっ?」
 「どうもこうも、そういう意味だ」
 内心の動揺を覚られたくなくて言葉を荒げると、だがシェゾはクック、と楽しそうに笑うだけだった。

 
 どうして、そんな手つきで触るんだ。
 ─お前の心は、彼女に向いてるんじゃないのか?
 それとも、優しいと感じたのは、俺の自意識過剰か?


 ぐるぐる、と廻り始めた思考を断ち切ったのは、歩くのをやめたシェゾだった。
 どうしたと眼で尋ねると、『可笑しいな』と呟きが返る。
 「…随分歩いたはずなのにまだ解放されないな」
 顎に手を当てながら周囲を見回すシェゾに、初めての体験の俺はただ首を傾げるしかない。
 「そういうものなのか?」
 「まあ、な」
 「…ふぅん」
 歯切れの悪いシェゾの言葉に、会話が途切れる。
 こういう現象に詳しいシェゾが足を踏み出さないのに、何も知らない俺が進むわけにも行かないので、俺もそこに棒立ちになる。
 周囲を窺ってもただ草木が生い茂るだけで、答えになりそうなものはなかった。

 ─はやく、このどうしようもない状態から解放されたい。
 触れもしないのに、二人きりで。 思考を誤魔化す会話すら途切れてしまった今ではただ苦しいだけだ。
 …触れもしないのに?
 ──俺は、シェゾに触りたいのか…?

 「おい」
 「ん?なんだい」
 「ちょっと貸せ」
 応えると─頭をまた撫でられたので、またかと俺は逃げたが、まぁ待てと捕まえられて宥めるように髪を梳かれる。
 「…な、何するんだ?」
 「いっそ、困った時のなんとやらにすがってみるかとな」
 「…で、どうして俺の頭を撫でるのに繋がるんだ」
 「お前の頭はご利益があるらしいしな」
 そういわれて蘇るのは、数日前の、焚き火を囲んでの会話。
 興味ない振りして聞いていたのは、彼女が関わっていたから…?
 「…闇の魔導師がご利益にすがるのか?」
 世も末だね、と笑えば、予想外にもそうだなと肯定の返事が返る。
 そのあっけなさに言葉を失った俺は、そのまま脱力するように力を抜いた。
 …この手を振り解けないのは、普段からは想像も出来ないほどそれが優しいから。
 甘えたくなるほど優しい手つきに、眼を閉じて顔を俯かせた。
 が。
 
 「……ラグナス」

 名を呼ばれたと思うと、急に顔を持ち上げられるような力が働いて、眼をあけるとすぐそこにシェゾの顔があった。
 不意打ちだったせいで、鼓動が一段と高く跳ねる。
 深い─深い青が、俺を覗き込んでいた。
 真っ直ぐに、俺、だけを。
 そして、形のいい唇が、動く。

 「…お前が好きだ」


 ─何を言われたのか、理解するのに時間が必要だった。
 「…は?」
 「お前が好きだといった」
 「な、にを」
 何を言ってる。何を言っている?
 ─俺が好き?
 「…」
 「急に、何を言い出すんだ? ここから抜け出す方法がなくなってヤケにでもなったのか? らしくないな」
 できるだけ平静を装ったつもりだった。
 けど、やっぱり声は震えていた。
 笑顔を取り繕うと─シェゾの表情が不機嫌に歪んだ。
 「俺は、本気で言っている」
 「…俺は男だ」
 「見ればわかる」
 「…正気なのか?」
 「当り前だ」
 眼をあわせられない。
 眼を合わせたら、この不確かな思いが、確実に『あるもの』になりそうで、怖かった。
 
 『あるもの』になったら─俺はこの男を受け入れてしまう。
 だけれど、そうすると、何故か思い描かれるのは幸せな構図ではなかった。
 どうしてか…。
 どうしてか、悲しむ少女─アルルの顔が頭から離れていかなかった。
 あんなに嫉妬した対象だったのに、その泣き顔が胸に痛い。
 ああ、ここでも君は、俺と彼の間に立つんだな──…。

 俺は自分のお人好しさ加減に苦笑がこみ上げた。
 「シェゾ」
 「何だ」
 「俺は、君を好きにならない」
 
 目の前にあるシェゾの顔を離すために、その胸に手を当て身体を押し離す。
 シェゾは、その力に逆らう事をしなかった。
 さくりと、草を踏む音だけが落ちる。
 「……」
 「男同士だとか、そんなことは、あんまり気にしないけど」
 顔を上げて、苦笑を向ける。
 シェゾは憮然とした表情を俺に向ける。視線が、そうでないなら何故だと訊いていた。
 「俺はね、君が好きになれないんだよ。…君と同じ意味ではね」
 「…そうか」
 「そう」
 珍しい、シェゾの苦笑。
 らしくない笑い方だった。
 「…─」
 森の方へ向き直ったシェゾが何かを唱えると、パチンと何かが弾けたような気配の後、周囲の空気が変った。
 それは、空間操作が解けたことを示していた。
 「─…シェ、ゾ?」
 「…本当はもっと早くに解放されてたんだがな。─お前と話す時間が欲しかった」
 俺に背を向けたままのシェゾは、もういつもの顔なんだろうか。
 いつから、彼の作った空間だったのかは解らない。
 いつから、話し出そうとしていたのかも解らない…けれど──

 俺は、シェゾを拒絶した。

 「…さ、アルルたちを探そうか」
 「─あぁ」
 さくさく、とまた歩みが戻る。
 歩きながら、乱れた髪を撫でてなおした。
 やっぱり、俺の頭にはご利益なんてないらしい。



 ─ごめんな。









 ....FIN

 管理人より>>
 やっと終わりましたー。
 いやいやいやいや、うん。シェゾを振るラグラグを書きたかった。
 わりとそんだけでこのネタ思いつき。マジデ。
 散々ヤキモチ妬いといて、結局アルルが泣くのが嫌で降っちゃうラグ。
 もうお人好しの域越えてマスね。
 中途半端?
 ごめんなさいorz

 PCUP=2005/11/19


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