猫魔導師と勇者
その日はイヤに良い天気で、ラグナスは散歩にでていた。
照りつける太陽がやたらデカイ気がするのは気のせいだとしても、この、足元で自分をにらんでいる『猫』は、どうみても気のせいの類には見えなかった。
その猫は、知り合いに酷似していて、銀の髪が日に眩しい。
ラグナスは、呆然とそれを見おろしていた。
…俺の知っているヤツは、こんなに小さくて、しかも猫耳とシッポなんて生えてなかったような……?
「おい、お前」
…その、銀色の猫はやはり『あいつ』と同じ声で話しかけてきた。
………?
…猫が?
「うわ、猫がしゃべった!」
「今妙な間があったぞおい」
猫はジロリとラグナスをにらんだ。
「…確か、ラグナスとか言ったなお前。俺を今すぐウィッチの所へ連れて行け」
「…?」
急な展開に付いていけず、首を傾げる。
「何でだよ」
至極当然の質問をした。
猫は不機嫌に猫耳を伏せたまま、ラグナスを見上げて鼻を鳴らした。
「色々あってな」
…不機嫌なまま語られた内容はこうだった。
たまたまウィッチの店に実験に使う魔法薬を買いに来た彼─シェゾは、ウィッチから「お得意様限定の」(怪しい)魔法薬をもらった。
予想外の収穫に、上機嫌に自宅に着き、早速試しにそれを飲んでみたらあら不思議。
気が付いた時には猫耳が生え、しっぽが伸び、等身は二等身に化けていたそうな。
「…間抜け」
ラグナスはつい思ったことを口に出してしまった。
つぶやくようなそれだったにも関わらず、聞きとがめたらしいシェゾが青く光る眼をきつくした。
「うるせぇな」
「(怖くない…ていうかむしろ可愛い…)」
口元がつり上がる。
ラグナスはあわてて口を覆った。
「…それで、ウィッチの所に行ってどうする気だ?」
決まってるだろうと、シェゾは腕を組んだ。
しっぽが、ぴっと動く。
「薬の効果を消させるついでに、文句を言いに行くんだよ。
ほら、そうと分かったらさっさっと連れてけ」
「自分で行けばいいじゃないか」
当然の台詞だと思う。
ラグナスだって忙しいわけではないが、暇を持て余しているわけでもないのだ。
それに、ラグナスの散歩コースに、ウィッチの店はない。眉をひそめての言葉に、シェゾは忌々しそうに自分を見おろした。
「この足じゃ、日が暮れて朝日が昇っちまう」
「…あー…」
確かに。
今二等身であるシェゾの脚は、ずいぶん短い。
きっと、ラグナスが100m進む間に、シェゾは10m進めているかどうかだろう。
…よくよく見ると、何度か転んだらしい彼の服は土汚れがあちこちに見られる。
「うーん…」
その、あんまりにも断りにくい微妙な姿に、ラグナスはうなった。
ここで仮にシェゾを連れていっても得をすることはなさそうだが、見捨てても夢見が悪そうだ。
「連れて行くのか、行かないのか?」
はっきりしろ、と、シェゾは答えをせかした。…ここからウィッチの店までは大分ある。
この短い脚では、そろそろ中点にかかった陽が落ちきっても、目的地にたどり着けないだろう。
「しょうがないなー…」
大きな溜息を吐き出す。
「どうするんだ」
「連れて行ってやるよ」
「そうか」
心なしか、安堵したような彼に、目線を合わせるようにしゃがむ。
「…何だ?」
その行動に、シェゾが眉を寄せた。
ラグナスはにっこり笑う。
「おいでおいで」
…それはまるっきり、猫を抱き上げる仕草だった。
「な…!」
「ほら、早く」
「ふ、ふざけんな!」
「だって、その方が早いじゃないか。な?ほらほら」
両腕を差し出して、さっさと抱き上げた。結構重いが、剣士として鍛えたラグナスにとってはなんでもない。
「こら、下ろせ!っ…おい!」
「はーい暴れない。落とすぞー?」
シェゾは言葉を詰まらせた。
…下を見る。落ちたら痛そうだった。
仕方無しに黙り込むと、ラグナスが満足そうにうなずいた。
シェゾが、また不機嫌になって黙っている間、ラグナスは猫耳に触れていた。
「…触んな」
嫌そうに、猫耳がうっとおしいものを払うように動いた。
それにびっくりして、肩の上に顎を乗せているシェゾに聞いた。
「…感覚、あるんだ?」
「なきゃできねーだろ。こんなん」
更に耳をぴくぴくさせる。
『ふぅん』と鼻を鳴らす傍ら、ラグナスはとんだイタズラを思いついた。
「…ふっ…」
「うひぁっ!?」
大きな耳に、吐息を吹きかけた。
シェゾは裏返った声を上げて身をすくませる。
「な、なななななななななあっ」
耳を押さえてこちらを見たシェゾの顔は真っ赤だった。
それが羞恥か怒りかはラグナスが計り知れるものではない。
「あははは」
「き、キサマ!何しやがる!」
「イタズラ?」
ラグナスは平然と答えた。
悪い事をしたという意識は湧いてこない。
それより、シェゾの上げた声が耳に焼き付いていた。もう一度…と耳に唇を寄せようとすると、頬を引っ張られた。
「しぇじょ、いたひ。」
頬を引っ張られてまともに喋れず、変な言葉になった。
「痛い、じゃねぇ!もうすんな!てゆーか止めろ!息すんな!何もするな!」
「ひのいなぁ」
ひどいなぁと言ったつもりだったのだが、未だに引っ張られたままではそれも難しい。
だが、その顔には笑みが浮かんでいる。
「笑うな!」
「耳、弱いんだね」
くすくすと笑いがこぼれてしまう。
大発見だ。
無愛想で、更に実は悪どいこの闇の魔導師に、こんなウィークポイントがあったとは。
楽しくて仕方がない。
「他に弱いところ、あるの?」
「な!?」
『あ』と、気付いたときにはオヤジみたいな質問をしていた。
「おまっ…何っ…!?」
あまりのことに、シェゾはっきりした言葉を紡げずにどもっている。
「(…まあ、いいか)」
そのまま、耳を撫でていた手をしっぽの方に回した。
「!?」
「この辺とか」
丸っきりオヤジのようだ。
自分でもそう思うが、手が止まらない。
「止めろっ!こら!!」
「うん」
言いつつ、しっぽを撫で回す手は相変わらずだ。
「こら…!い、いい加減に…っ」
「うん」
「〜っっ!」
…シェゾは、大概腹が立ってきた。
背筋が粟立つような感覚を耐えて、ラグナスの肩をつかんだ手に力を入れた。
爪を立てる。
「あ、ちょっと痛い」
「じゃあ止めろ。今すぐ。即座に。」
「え〜…」
良い感じなんだけどなー。とは、言わなかった。
そんなことをしたらシェゾが怒り狂うのは、ルルーがサタンから誰かに目移りするよりも明らかだ。
「もう少しだけいい?」
だが、抱いた子猫は思っていたより気が短かった。
「いいわけ、あるか!」
がぶ!!
「いてぇっ!!」
思い切り噛みつかれた。
しかも無防備な首をだ。
かなり痛い。
「わ、わ、悪かったよ!止めるから離してくれ!」
しっぽを撫でさする手を止めると、シェゾも首から口を離す。
…それにしても、今の突然に襲いかかった痛みに、よくシェゾを落とさなかったものだとラグナスは自分で感心した。
「ほんの少し、遊んでただけじゃないか…」
「なんの遊びだなんの。今のは世間一般様はセクハラと言うんだ!」
「そりゃ知らなかった。あ、嘘嘘。噛まないでー」
シェゾは、再び噛みつこうとした動きを止めて、内心で毒づいた。
「(何でこいつに頼んじまったんだ…。俺…)」
今更ながら、それを思いしる。
しかし、今ここで下ろされるのも困るので大人しくまたラグナスにしがみついた。
「ごめんくださ〜い」
ラグナスは、一声あげて、古いドアを軽くノックした。
…なにやらその顔に傷が増えているのは、気のせいではないだろう。
それは不機嫌に磨きがかかったシェゾの表情からも窺える。
─暫くの沈黙の後、甲高い少女の声がドアの向こうから聞こえた。
「どちら様ですの〜…って、あら。」
出てきた金髪の少女─ウィッチは、ラグナスと、その腕に抱かれたシェゾを見るなり目を丸くした。
「どうしましたの?そんな可愛い姿になって」
「お前の薬のせいだろうがっ!」
「あらいやだ。何のことかしら」
ほほほほほ。と、ウィッチは噛み付くシェゾを軽くあしらう。
「とぼけるな〜っっ!」
腕の中で今にもウィッチに飛び掛らんと暴れるシェゾを何とか押さえ、ラグナスは苦笑いをする。
「新薬の実験も良いけど、人体実験は良くないよ」
「人体実験が一番手っ取り早いんですのよ」
「…物騒だなー」
さらりと言ってのけるウィッチに、ラグナスはそれ以上言葉が続かなかった。
「─っとにかく!この身体じゃあ歩くのも億劫だ!解毒もしくは何らかの処置を施せ今すぐに!そして俺を元にもどせっ!」
一息にシェゾはそれだけの文を言ってのける。
ウィッチはきょとんとした。
「戻してしまうんですの?」
次いで、ラグナスも残念そうに続ける。
「可愛いのに」
『ねー』と、二人は同意を求め合って笑う。
「ねー、じゃないっ!当人の意思を尊重しろっ!」
「…無視の方向で?」
「ファイナルアンサーですわね」
きっぱり頷く。
「ヲイ!(怒)」
「だって可愛いし〜…。移動だって元に戻るまでは俺が運んでやれば良いじゃないか?」
にへら、とラグナスは笑う。
ウィッチも『いい案ですわね』と頷いていた。
「冗、談、じゃ、ないっっっ!」
しかし魔導師様は気に入らないらしい。
青い瞳をつりあげて自分を抱く青年を睨みつけた。
「こんなやつの世話になんかなってたら躰がもたん!」
…セクハラを大層根に持っているらしい。(当り前だが)
ウィッチは『そういえば』とラグナスの顔を確認する。
引っかき傷だらけの顔で、ラグナスは照れたように笑った。
「…つい触っちゃうんだよね」
ラグナスが笑えば、ウィッチも同意して笑った。
「触るな、という方が無理ですわよね〜、これは」
瞳は夜の蒼闇。
毛並み(笑)は太陽の光が鈍く輝く銀色。
尾はふさふさとして触り心地が良さそうで。
「…ていうか、世のショタコン猫耳マニアが喜んで食らい付いてきますわよ」
よかったですわね☆なんて、ウィッチはにこにこしている。
「いいことあるか!」
シェゾが顔を真っ赤にして叫ぶその上で、ラグナスも納得気に改めてシェゾを見た。
確かに。今の状態のシェゾはそりゃもう可愛い。
何が可愛いって少年のあどけなさが残っている(ていうかまんま少年なのだが)顔は強気そうで整っているし。
大きな瞳で睨み付けれられても恐怖なんて感じられないし。大きな瞳で睨み付けれられても恐怖なんて感じられないし。
むしろ逆に『可愛い』とか思ってしまったりして。
腕は子供らしく柔らかいし、落ちないようにしがみつくさまは子猫にも似て。
(おいおいどうする?このままでもいいんじゃないか?)
とか、勇者らしくなく人(シェゾ)が困るようなことを願ったりした。
「…今。」
「ん?」
「今何考えたキサマ」
…子猫魔導師様はカンがよろしいようだった。
精悍なラグナスの顔に新な傷が付けられる。
「痛い…」
「当り前だろう。」
ふん、とシェゾが鼻を鳴らせば、耐え切れずウィッチが笑いを吹き出した。
「でも、本当に可愛いですわよ?プリティですわよ?」
「…何度も言うんじゃねえ」
─腹を押さえて肩を震わせているウィッチに、シェゾの不機嫌ゲージは右肩上がりになっていった。
そろそろ切れる。
「だって、本当に可愛いんですもの〜★」
そしてそれは、そんなに未来のことではなかった。
”ぷち。”と、ラグナスは抱えたシェゾのどこからかそんな音を聞いた。
…何だか背筋が寒い。
「…シェゾ?」
「いい加減にしろ…貴様ら」
これはヤバイ。
ラグナスが覗き込んだ蒼い瞳は、剣呑どころか殺意すらこもった光で輝いていた。
「大概にしないと、本気で潰すぞ…」
シェゾ、マジ切れ。
ラグナスはそこで初めて、抱いた猫魔導師を『怖い』と認識した。
突き刺さる殺気に気付いたのか、ウィッチも流石に苦い笑いになっていた。
─半分(?)脅しのような言葉に慌てふためいてウィッチが解毒の薬を探しに店に戻った中、ラグナスの腕の中で未だに殺気を放ちながら、シェゾは己を抱いた勇者を見上げる。
「…おい」
「あ、ああ。…なんだい」
殺気に当てられてぎこちなくなっているラグナスに、闇の猫魔導師様は溜息を一つ。
「…わざわざ運んでもらって悪かったな。
…もう下ろしてもいいぞ」
珍しく礼を述べた彼に、ラグナスが困惑していると、シェゾは、最初と違って『早く下ろせ』とせがんで来た。
「…」
「…おい?まさかまだ触り足りないとか勿体無いとか言うつもりか?」
じろり、とシェゾが睨みつけてくるので、ラグナスは沈黙の意味を否定し、首を振った。
「そうじゃないよ。…これでもうシェゾを抱っこできなくなるのかなー、なんて。」
「同じじゃねーか。セクハラ勇者。」
思わずジト目になったシェゾに、ラグナスはそれも否定した。
「いや、だからさー。今のお前じゃなくてー『お前』。…元に戻ったら抱かせてくれないだろ」
「…。」
シェゾは、一瞬固まった後顔を赤なり青なりに変えて百面相した後、喧嘩パンチでラグナスをぶっ叩いたのだった。
その後すぐ、ウィッチが何かぼろぼろになって出てきた。
本人曰く、薬を探すのに手間取っていたという。
早速それを受け取って飲もうとするシェゾから、ラグナスが薬瓶を取り上げた。
「…何しやがる」
「今ここで、じゃ無くてもいいだろ?お前の家まで運ぶから、そこで飲めよ」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げる彼にかまわず、ラグナスはウィッチに礼を告げてさっさと歩き出す。
「…おい!何考えてんだ!」
お怒りはごもっとも。
ラグナスは『うん』と一つ相槌をうって、口を開いた。
「どうせならもう少しこうしてたいし…。それに、もしあの場で飲んで元の大きさに戻ったとして。…服破けたりしたらどうしようね?」
「んな」
そんな事あってたまるか、と叫びそうになってシェゾは詰まった。
何せ『あの』ウィッチの薬だ。
あっても可笑しくない。
「…ほらな?だからやっぱり家で飲んだ方がいいって。万が一に備えて」
「それも、そうか」
何だか巧く丸め込まれた気がしないでもないが、シェゾは頷いてまた最初のようにラグナスの肩に顎を置いた。
─歩みにあわせて伝わってくる振動が、今では何となく心地よく感じる。
(…これは、言わない方がいいな。)
本能的にそう悟り、シェゾはそれきり口を閉ざした。
その後。ウィッチの『解毒薬』を飲んで、シェゾの服がどうなったかは、ラグナスと、シェゾしか知らない。
+END+管理人より>
…。色々すみません(死)。
PCUP→4月3日
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