Not painful, not sweet, and not ordinary story


 台風が直撃している。
 窓の外では木々が横なぎにされ、色々なものが宙を舞っていた。
 どこかの誰かの洗濯物やら、出しっぱなしにしていたバケツやら丘サーファーやら…。
 絵に描いたような悪天候をそうやって屋内から眺めていたDアルルは、やがてそれに飽きたのか溜息をついて窓から離れた。
 暗い空に荒れ狂う雨を眺めていても、時間はつぶれない。
 いや、多少はつぶれるだろうが気がまぎれることはないだろう。
 ─家の主が帰ってこないのだ。
 今日は、どこからかの魔物退治の依頼を受けて一人で出かけていった勇者の青年。
 『君が来るまでのものでもないし、すぐに帰るよ』とそいつ笑ったから、しぶしぶと留守番を引き受けてやったのに、予定の帰宅時間はとおにすぎている。
 大方帰宅する時に丁度台風にぶつかってしまったのだろうが、まったく女性を家に一人残したまま台風がすぎるのを待っているとは。
 「ドンくさいんだから」
 雨に濡れたり強風に煽られるのは嫌なので自分から迎えに行こうとは思わない。
 ぶちぶちと文句を垂れながら、いつもラグナスが座るソファへどっかりと腰を下ろす。
 自分を包み込む、少し大きめのクッションの感覚にしらず溜息がまた零れた。


 台風は弱まる気配を見せない。
 轟々と風を吹かせながら我が物顔で大陸を横断していた。
 「まいったなぁ」
 今にも台風に飛ばされてしまいそうな小さな村の宿で、眉間に眉を寄せ、ほとほと困り果てた顔をしている青年が一人。
 ハデな金色の鎧に、これまたハデな赤いマントはどうみてもそこらに転がっている傭兵崩れではないだろう。
 「流石の勇者様も台風には勝てませんか」
 同じように雨宿りをしていたのだろう、旅人風の男が青年を笑った。
 勇者と呼ばれた青年は苦笑いをしてそうですねと応える。
 「大自然の猛威には敵いませんよ。こればっかりは斬ったり出来ないですからね」
 「ハハハ…。それはそうですね」
 「さあ勇者様、そのような冷える場所よりこちらに来て温まってくださいな」
 「あ、ありがとうございます」
 青年は、呼ばれるままに促された席へと腰を下ろした。
 それから、ミシミシと悲鳴を上げている宿の天井を見上げ、宿の主へ視線をやる。
 「…す、すごい音ですけど、大丈夫なんでしょうか」
 「ご心配なさらず!この宿は村が発足してから一度も壊れたりしたことがないんですよ」
 「はぁ」
 「それに勇者様もいらっしゃることだ。きっと神様が守ってくださる」
 恰幅のいい体格をした主はそう言って明るく笑い、勇者へハニーミルクの注がれたコップを手渡した。
 恐らく、勇者がその言葉に一瞬だけ苦々しく笑ったのには気がつかなかっただろう。
 勇者はすぐにいつもの微笑みを浮かべてコップを受け取り、ありがとうと言うまま口をつけた。

 ─…敵わないものはもう一つある。
 うちの『お姫様』は、ご機嫌を損ねていないだろうか。


 Dアルルはしどけなくソファに寝転がっている。
 どうやら、座るのにも疲れたらしい。
 本を読もうにも集中力が続かず、家をうろつこうにもこの家には探検できるような部屋はない。
 となれば後は眠るしかないのだが、もし眠っている間にあの男が帰ってきたら無防備な姿を笑われるだろう。
 そして彼は、そうやって笑った後、しょうがない娘扱いをして、自分を抱えてベッドに運んで寝かせてしまうに決まっている。
 Dアルルは帰宅予定時間を超過したその男に、とにかく嫌味と文句を言いたいのだからそうされては困るのだ。
 帰ってきた彼になんと文句を言うべきか、なんと嫌味を言ってなじるべきかと考えをめぐらせながら、かすかに残り香のするソファへ頬を落とした。
 …台風はさらにもまして強くなっているようで、家がゴトゴトと音を立てている。
 「…」
 時計を見やる。
 針の進みは随分遅い。
 「…………スピードアップ」
 ぼそりと呟いた呪文は、時計の針に作用したのか時計はその瞬間ぐるぐると回り始める。
 だが、それはあくまでも『時計の針の動き』に作用にしたのであって、時間に作用したわけではなかった。
 その証拠に、台風はまだ窓の外で猛威を振るっているし、雨脚の強さも代わらない。
 無駄なことをした、と溜息を吐いた後、時が進んでしまった時計を手に取り、逆にスピードを緩める術をかけた後、針を元の時刻へと戻す。
 それから、また彼のソファへ戻って寝転がり、くるりと身体を丸めた。


 「─そろそろ行かないと」
 「おや、もう行ってしまわれるので?もう少しごゆっくりしていってはどうですか」
 「いえ…、あまり長くお邪魔しても悪いですし。人が待ってるので」
 「そうですか…、それでは仕方がないですねぇ」
 主は残念そうに笑うと、ではせめてといいながら宿帳ともう一つ何かを手に宿のカウンターへと戻っていく。
 「ここに勇者様のお名前を頂いてもよろしいでしょうか?」
 「ええ、もちろんですよ。屋根を貸していただいた上温かい飲み物まで、ありがとうございました」
 「とんでもないですよ!これくらいのことは当然です」
 羽ペンを握った青年は、宿帳に”ラグナス・ビシャシ”と書き込み、主の恐縮にそれでもと続けた。
 「とても助かりましたよ」
 「そ、そうですか?いやあ、勇者様にそう言って頂けるなんて光栄の極みですなァ。
 ─ああそれと、これをお持ちください」
 「? これは?」
 「この村の土産物なんですよ。立ち寄ってくださった記念に差し上げます」
 茶色い小さな巾着袋。ヒモも濃茶で統一されており、見た目は少し地味目である。
 それを手渡されたラグナスは、何が入っているのだろうかと軽く振ってみた。
 カラカラ、と木が擦れあう音が聴こえる。
 「村の女どもが作っているブレスです。
 特産品の木彫り熊の余りで作られてるんで、そう大したものではないんですがねぇ」
 「へぇ…」
 巾着の口を開けて取り出して見ると、確かに装飾はほとんど施されていない。
 だが、触り心地のよい形に小さく丸められている木材と、やはり女性の手によって作られただけあって随分と可愛らしい。
 これはどちらかというと男性より女性が身につけるものだろう。
 ─随分待たせてしまったし、これくらいの甲斐性は見せておいた方がいいかな?
 家に帰り着いたときの彼女の姿を思い描いたラグナスは、それをありがたく頂くことにした。
 巾着をバッグにそっと入れて、主と旅人に別れの挨拶を済ませ、宿を出る。雨脚は少し弱まっていた。
 どうやら台風の目に入りかけているらしい。 また大雨にならぬうちに、とラグナスは雨の中を走り出した。


 
 「…遅い」
 Dアルルは、ソファをぽんぽんと拳で叩きながらぼんやりと呟く。
 まったく無表情だが、眠たそうな顔にも見える。
 「……ドンくさい、ドンくさい…」
 …眠たそう、ではなく実際眠いのか、そうすることで意識を繋ごうとしているらしい。
 ラグナスのソファは、どうしてか心地がいいので油断するとつい瞼を閉じてしまう厄介な場所だ。
 「………遅いよ」
 呟く毒にもレパトリーが減ってきている。
 もうすぐ帰ってきそうな予感はするので、なるだけ瞼は開いていたいのだが、退屈も手伝って非常に重たい。
 ただでさえ、雨の日というのは思考が緩慢になるし眠気を誘われるのだ。
 そもそもこんなに眠いのはあいつのせいだと、脳で考えはする。
 考えはするが口から出るのは「遅い」と「ドンくさい」だけだった。
 「…ドン、…くさい…」
 ここに来て限界なのか、Dアルルは震える瞼をゆるゆると伏せ始めた。。
 最後までラグナスをなじる台詞を吐きながら、小さなあくびを殺して目を閉じる。

 が─それと同じくして、扉が開いて空気が動く感覚がした。
 Dアルルは、胡乱だ目をまた開いて、身体を起こす。
 なじんだ気配を感じ、無意識に、口元が笑う。

 「ただいま」

 「…おかえり」




 

  /*Fin*/ 


 あとがき>ラグDアル 甘くなく辛くなくありきたりでもないはなし。…?(ぉい)
 今気がついたんですが、うちのDアルっていつも寝てる気がしまs(ry)
 Dアルルは散々嫌味を言えたのか、それともラグのオミヤゲにまんまと騙されてしまったのか。
 それとも、Dアルルの寝ぼけスマイルにラグナスが陥落したのか。
 それはアナタの脳裏の中で補完してください。

 PCUP=2007/07/13



 

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