押し掛け友人。(?)
『アルティメットタワー』云々の騒ぎから、早一週間が過ぎていた。
『時空の水晶』に奪われたままだった魔力も、今では殆ど回復し、シェゾは比較的のんびりと一日を過ごしていた。
ソファで自堕落に寝転がりながら、己の本棚から発掘してきた古い魔導書を、興味なさ気にめくっていく。
そのペースは、たまに欠伸を交えながらなのもあって、遅い。
「くぁ…」
本日、朝起きてから何十回目の欠伸。
シェゾはとうとうその魔導書を放り出して、ソファで寝る体制に入った。
うとうととまどろんでいると、途端に瞼の上にかかる光を何かが遮る。
訝しく感じて目を開けると、そこには紅い瞳の自分がいた。
「…………………………。」
「…久し振りだな。シェゾ・ウィグィィ」
「…ぉわぁぁぁ!!?」
随分な間をおいて、シェゾは慌てて起き上がった。
「な、お前…ッ??!」
ここに居るはずのない男の存在に、シェゾの声が裏返る。
無理もない話だ。
今、彼の目の前で、人の家に上がりこんで平然としている男は、シェゾの魔力を吸収し、尚も魔力を集めようと例のテーマパークを作った(作らせた)『時空の水晶』ご当人である。
しかし、彼はシェゾの手によって粉砕され、消滅した。 ここにいるはずがない。
すっかり動転しきっているシェゾに、彼の姿を模っている時空の水晶は、『フン』と小さく鼻を鳴らした。
「まるで幽霊でも見ているような反応だな。」
「イヤまるでじゃねぇだろ!」
「足は付いているぞ?」
『ほれ』と、自分から飛びのいて距離をとっているシェゾに、片足をプラプラ振って見せる。
「本当だ。ああ良かった……。って、そういう問題じゃない!!」
「む、違うか。……半透明にでも見えるか?」
「イヤ全然。…だからそうじゃなくて!
……何でお前ここに『在る』んだ!?」
確かに、『時空の水晶』は砕けた散った。
その証拠に、彼の力を借りて造られていたテーマパークは崩壊した。
─『完璧な消滅』。
それを、シェゾは確実に感じ取ったのに。
砕けたはずの水晶ご当人は、あの時と同じシェゾの姿をしながら今ここに居る。
シェゾの、至極当然な質問に、時空の水晶はこくり、と首をかしげた。
「俺がアレくらいで死ぬと思ったか?」
「………いや、カッコよく散ったじゃねーか。普通あれで終わりだと思うぞ俺的には。」
「そんな細かい事は気にするな」
「気にする気にする」
ぱたぱたとシェゾが手を振ると、時空の水晶は急に視線をあちらこちらへやりながら言う。
「まあ、…これから末永くよろしく頼むぞ」
「……………………。はぁっ?」
突然言い出された内容に、流石にシェゾも声を裏返した。
「おいっ。どういうことだよ!?」
「そういきり立つな。 俺とて他人の家に手ぶらで上がりこむような無作法者ではない」
解っていると応用に頷いたソイツは、不意にもそもそと懐をあさりながら続ける。
「そうじゃねぇ!末永くってのはどういう意味だ」
「そのままの意味だ。 ほら土産」
「それが解らんから訊いてるんだろうが。 大体土産ってこりゃあ俺ん家の周りにある野草だろうが!」
「きちんと食用のものを選んであるだろうが、失敬な。…─つまりだな」
「失敬ってお前人の家に野草持ってくるヤツがどこにいるっ…ん?…つまり何だ?」
「俺をここにおけ。イエスかダーで答えろ、さもなくば再びその力吸収してくれようぞ」
しん、と空気が凍った。
シェゾは時空の水晶に押し付けられた野草を手に、震えながら口を開く。
それは、恐らく次のセリフによる突っ込みのための力が、込められていたからだろう。
「おま…ッ!それ、どっちも『ハイ』じゃねぇか!その上拒否権はないのか!!」
「別にいいんだぞ…? 俺を追い出したところで、俺は次のねぐらを探しに行くだけだが…」
すっかりソファから立ち上がっていたシェゾへ詰め寄り、ニィっと口の端を捻じ曲げる。
どこかで見たことがある、と思ったときには、それが自分だということに気がついた。
色も雰囲気も違うのに、本人が意識さえすればもしかしたら、自分たちは本当に見分けがつかないのでは…。
─シェゾは、よぎった感覚を振り払うように首を振った後、息をゆっくり吐きながらソファへ腰掛ける。
思ったより深く沈んだのは、自分が相当なショックを受けた所為だろうか。
「…何が嬉しくて、お前なんぞを家に置かなきゃならん…。他あたれ、他」
「ああ…。 いいんだな?」
「全力の万歳三唱で送り出してやるよ」
「そうか。致し方ないな…」
ゆらりと玄関へ向かう黒い背中に向かい、シェゾが本気で万歳三唱をやりかけた瞬間。
「─では、『お前と同じ姿をした男』が、職と食に困り人に媚びへつらおうが、ボランティアに精を出そうが、まったく関係ないということで…」
……。
「マテ。」
でかかった「万歳」を喉の奥へ流し込んだシェゾは、万歳をした腕をそのまま目の前の男の肩へかけ、強く握り締めた。
「…お前にはプライドってもんがないのか?」
「バカが。プライドで腹が膨れるか?プライドで懐が温まるか?」
振り返った赤い瞳は、拗ねたように据わっている。
どうやら、シェゾが知らない間に彼も苦労をしたようだ。
「まあ、だめもとだからな。別にいいんだぞ?ん?」
「…」
が、よくよく考えればこれは脅迫である。
『ここに置かないのなら、お前の名誉を地に叩き落してやる』と言いたいのだろう。
シェゾがそれを察したのに気がついたのか、相手の目が細くなる。
満足げだった。
「……」
「…………………………」
大きな、ため息をついた。
「嬉しいだろう」
「泣きてぇよ」
さめざめと目元を覆い、泣きまねをしながら言えば、同じソファに腰掛けたソイツは涼しい顔をした。
「何を言う。 このように賢い友人が出来て、本当は飛び上がりたいほど嬉しいだろうに」
「飛び上がってそのまま星になりたいぞ、俺は…」
「そうだ、俺のことはドッペルと呼んでもらおうか。アッチは本体の名前だからな」
「…」
マイペースに自己顕示を始める『ドッペル』の声を訊きながら、ふと机の上にあったスティックシュガーを見る。
そして、『やはりあの時、粉みじんにしてやるべきだった』と、激しく、深く後悔した。
押しかけの友人。
家に押しかけ、友人という関係にすら押しかけたこの男を、いつか必ずや滅してやろう。
シェゾは、窓の外に見えた枯葉に薄暗い決意を誓った。
>あとがき
Wシェゾ様同盟4周年!
の、お祝いに捧ぐ、シェゾ+Dシェゾ(時空の水晶)のお話。
多分、冒頭が3年前、中盤が1年前になってるかなあ…。
何の話かって?
執筆した日付ですヨ!
PCUP=2006/09/18
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