「私は今まで、消極的だったのだ」
 「はぁ」
 「だから、これからはもっと積極的にいこうと思う」
 「うん」
 目の前でマジメな顔をしているサタンに、アルルは適当な相槌を打つ。
 場所は、アルルの家のリビング。
 アルルはそこで朝も早くから訪ねてきたサタンの『大事な話』を聞いていた。





 当事者達と第三者





 「で、結局なんなの?…先に言っとくけど、何度来られてもボクはキミのお嫁さんになんかならないからね?」
 机の向かいに腰掛ける魔王に、魔導師の少女は過去幾度となく口にした台詞の回数記録を、また一回更新した。
 もう台本なんて要らないくらいに言っている。覚えている。
 身体がもう既に、サタンと会話=この台詞という脊椎反射を身につけてしまっている。
 「…ま。それはともかく」
 サタンは、それを右から左に聞き流しつつ、ふと紅い視線を机の端にやった。
 そこではサタンが持参したカレーをそれはもう美味しそうに食べているカーバンクルの姿がある。カーバンクルはサタンの目に気付くと、愛らしい鳴き声をあげて黒目がちの小さな瞳をきらきらさせた。
 サタンの顔がだらしなく緩む。
 「…朝からカレーなんてたぎってるねカー君。美味しいならいいけどさぁ」
 一方。サタンの突然の来訪に身支度を整える時間しかなかったアルルは、恨めしげにそれを見やった。
 …サタンがアルルの分を忘れるはずはない。持ってきてはいたのだが、彼らが話をし始めて数分で、それはカーバンクルの胃の中へ消え入ったのだ。
 よって、アルルは朝から何も食べていない。
 ぶすくれた顔は朝から妙な魔王と顔をつつき合わせて話をしているこの状況だけが生み出したものではないだろう。
 「ぐー!」
 サタンのだらしない笑みにか、アルルの皮肉とも取れる言葉にか、カーバンクルは元気よく返事をして、スプーンをぴしっと挙げて見せた。

 …さて。
 それに見惚れるサタンが正気に戻ったのは、アルルがサタンの座った椅子の後ろに回り、サタンが必死に隠した脳天ハゲを丸出しにした挙句、その長い髪を三つ編みおさげにし、更に椅子の足を一本折ってからだった。
 ガラクタと化した椅子を片付けさせられながら、サタンはおさげのままにシリアスな顔でアルルに向き直る。
 「アルル。…カーバンクルちゃんを私の所に帰してはくれまいか」
 「ほぇ?」
 『返せ』、と言うのは普段よく聞いたが、『帰してくれ』は珍しい。
 アルルは栗色の目を丸くして訊き返すように首をかしげた。
 サタンは、机の上で踊っているカーバンクルを見やると、抱き上げようと手を伸ばす。
 するとカーバンクルはその手からひょいと華麗に逃げてアルルの腕によじ登り、サタンは寂しそうな顔をした。
 「─アルルよ。確かに私はお前を妃に…とは思っている。勿論、少なからず好意も抱いている」
 「な、何?急に…」
 マジ語りを始めるサタン。アルルがぎょっとして、三つ編みおさげに河童ハゲという突っ込みだらけの状態に突っ込めなくなったのも仕方がない。
 「だが…」
 「…?」
 言葉が切られて、サタンがその唇を真一文字に引き締めるのを見るとアルルは段々と不安げに表情を曇らせ始めた。
 こんなマジメなサタンは今まで見たことがあっただろうか。
 「…」
 アルルは考えた。
 上目で、秒針が一回りするほど考えた。
 サタンが黙っているのをいい事に、二回りしても考えていた。
 「…。」
 息を吐く。
 見た事がなかった。

 「…私はやはりカーバンクルちゃんを愛しているのだ」
 
 そのタイミングを見計らったように、沈黙の中に核爆弾を落とすようなサタンの言葉が零れ落ちる。
 「……」
 アルルはそこで呆けてしまったが、サタン本人はいたってマジメである。
 その視線はアルルではなく、肩によじ登ったカーバンクルに注がれていた。
 サタンは、マジメな顔と、マジメな声で続ける。
 「この子ほど愛した者はいない…。この子ほど、私が必要だと感じる者はいないのだ」
 まるで今まで求婚されていたアルルがまるでオマケのような言い分である。
 実は案外そうなのかもしれない。
 サタンは、き、と真っ直ぐな目をアルルに向けた。
 血の色をした瞳には何かの決意が灯っている。アルルの目は、なんだかまだ呆けていた。
 「アルル…! 頼む。もうこれ以上カーバンクルちゃんと離れていることが、私には耐えられないのだ…っ。
  お前がカーバンクルちゃんと離れたくないというのなら、お前も私の所に来て私の傍にいればいい!」
 ─だから、帰してくれ。
 サタンの目が訴えていた。
 アルルは、虚を突かれたような顔から、ふとかすかな苦笑を浮かべる。
 肩に乗ったカーバンクルを撫で、胸に抱いてサタンに寄って行った。
 「サタン」
 「ぐー」
 「…カーバンクルちゃん…」
 解ってくれたのか、と縋る声に、アルルの栗色の目が閉じられる。
 「カー君。キミはどうしたい?ボクはもう結論、出たよ」
 穏やかな声に、カーバンクルも迷うことなく元気に鳴く。
 「ん、解ったよ」
 「アルル…。カーバンクルちゃんは…」
 カーバンクルの言葉は、「友達」であるアルルにしか解らない。サタンは情けないと思いながらアルルの通訳を待った。
 「ボクもカー君も、答えは一緒だよ。サタン」
 慈愛あふれる笑みを浮かべる少女に、一筋の希望を見出したのかサタンの顔が微かに喜色を帯びる。
 「それで…何と?」
 「帰れ。」
 

 外は天気がよく、夏の日差しは刺すように厳しいが、珍しく涼しげな風が心地いい。
 シェゾはある『トラブル』を避けるような形で、セリリの湖に避暑にやってきていた。
 ズボンを捲り上げて冷たい水に足を突っ込みながら、ぼんやりと空を見上げてみる。
 やる事がないという日も中々貴重だ。
 蒼い目を閉じ、風を感じ、『トラブル』を忘れようと意識を蕩けさせ──
 「!」
 カッと目を見開くとすぐさまさっとサイドに身をかわした。
 遠めに見ていたセリリがそれをいぶかしんだ瞬間!
 「ヘンタイ魔導師ィィィィイイイイイッ!」
 無礼と言っては無礼な雄叫びとともに、一瞬前までシェゾがいた場所を黒い疾風が奔った。
 それは魔法ではなく。人。それも漆黒の翼を持った影。
 シェゾはその特徴だけで、雄叫びの主を知った。
 ずしゃあー。と、目標を失ったそれは地面を少しばかり顔面で削ったところで静止する。

 「…」
 「……」

 嫌な沈黙が満ちた。
 うつ伏せになった雄叫びの主は、何かきっかけを待っているように動かない。
 この沈黙の中何もなかったように起き上がるのはかなりの高等技術だろう。…シェゾは、湖よりはるかに深い溜息をついて起き上がる機会を与える事にした。
 「誰がヘンタイ魔導師だ。このカッパはげ。」
 「お前だ」
 カッパハゲ─サタンは、機会を与えてもらってようやく起き上がる。
 「いきなり何しやがるってぅぉぉお何だその頭ッ!?」
 ドロや砂を払い、立ち上がったサタンに、シェゾも思わず立ち上がりながらはげ丸出し三つ編みを指差した。
 「シェゾよ。…相談に乗ってくれ」
 サタンはそれを軽く受け流すと、また豪くマジメな顔でシェゾを見つめる。
 「…ぁー…?」
 今日で、『2回目』。
 シェゾは、嫌そうにしながらも仕方なさそうに頷いた。
 今日は厄日なんだろうと、シェゾは穏やかな日を楽しむのを諦めた。


 「お前、ルルーに何を言ったんだ?」
 「…何、とは?」
 とりあえず落ち着ける場所に、とシェゾ宅に向かいつつ。
 道すがらシェゾはサタンを見やらずに問うた。
 ちなみにサタンの三つ編みはとかれ、丸出しだった頭皮も今はきちんと隠されている。
 サタンは眉をひそめて隣をシェゾの横顔を見やった。
 「今朝早く人が朝飯食ってるときに泣きながら殴りこんできたぞ」
 それが、シェゾにとっての『1回目』だった。
 彼は朝から延延と、ルルーの恨み言のような相談を聞いていたのである。
 「どおりで珍しくお前が日光浴してると思った。陽に当たったら溶けるものだとばかり…」
 「そんなことはどうでもいい」
 ボケをツッコまずスルーすると、サタンは寂しげにしょんぼりと肩を落とす。
 シェゾは最近、ボケの受け流しという高等技術を身につけ、ますます突っ込みとしてレベルを上げていた。
 立派な闇の魔導師を目指してほしい闇の剣には嘆かわしいばかりである。
 「お前らは俺の家を何だと思ってるんだ。駆け込み寺じゃあないんだぞ」
 ぶつぶつぐちぐちと続く愚痴に、寺なんて立派なものでもないだろうと言いかけたサタンは口をつぐんだ。
 シェゾが目線でそれを威嚇したからだ。
 「で、アイツが泣きながらなんて事はお前がらみでしかないし、あいつ自身もお前がどーだとかあーだとかカーバンクルがどーのとかぎゃんぎゃん騒ぐから。
  これはもうお前が何かロクでもないことを言ってロクでもないことをしようとしてるんじゃないかと思ったわけだ」
 それを避けようと、彼は朝から外に出ていたと言う。
 苦労人なりの知恵も役に立たなかったようだ。災厄は、そんな彼を追いかけて墜落してきたのだった。
 「ロクでもないとは失敬な。私は本気なのだ」
 「その本気がロクでもねえんだよ。俺には」
 「カーバンクルちゃんへの愛を貫き通すことのどこがロクでもない」
 「その過程だ、過程ぃっ! 現にこうして俺を巻き込んでるだろうが貴様わッ!?」
 大真面目なサタンに、シェゾはその足を止めてその鼻っ柱に人差し指を突きつけた。
 『んずびしぃ』てなもんだ。
 サタンの高い鼻が、指に押されて数段低くなる。
 「…ルルーがお前のところに行ってしまったのは計算外だったな。すまん」
 「…わかりゃあいい」
 気色悪く、素直に謝るサタンにシェゾも大人しく身を引く。
 魔的なカンが様子がおかしいと警鐘を鳴らすが、豪いマジメな顔であるサタンに、これは普段の嫌な予感とは違うだろうと息を吐いた。
 
 ややあって到着したシェゾの家にあがりこみ。
 サタンは意外と落ち着いた色でまとまっているシェゾ宅のリビングを少々見回した。
 妙に壊れたものが多いのは、恐らくサタンの言葉に怒り狂って、八つ当たりに押しかけてきたルルーの功績によるものだろう。
 「で?」
 まじめな顔でかしこまっているサタンに、シェゾは『相談』とやらを促した。
 茶も出んのかと目で催促するサタンに、殺気の篭った視線が叩きつけられる。茶は諦めることにした。
 「お前も大体の察しをつけてると思うが─カーバンクルちゃんのことでな」
 「あー。じゃあ、ルルーのあれは寝言じゃなかったって事か」
 「あれ?」
 「『たかが黄色いウサギにサタン様を取られた。』『アルルならまだしもよりもよってなんであのウサギなのよ。』」
 口調を真似てみせる。
 シェゾの口真似はとてもよく似ていた。…ようするに、似せられてしまうほどそれを聞いたということだろう。
 「…ま、あいつの気持ちも分からんでもないがな」
 珍しくルルーを庇護するようなそれに、サタンは少し視線を落とした。
 「永い時を生きてるお前に取っちゃ、それこそ永い時間一緒にいるあのウサギのほうがよっぽど気にかかるっていうのも、分かるけど」
 俺を巻き込むな、と言いたげな溜息に、しょうがないだろうと目を上げる。
 「私は巻き込むつもりはなかったぞ。まさかルルーの飛び火がこちらに来るとは思わなかっただけだ」
 「…まあ、俺も朝までアイツが泣きながら駆け込んでくるなんて言う状況は予想だにしなかったけどよ…」
 破壊された室内を眺めて、シェゾがまた溜息をつく。
 「で?何だ?俺にどうしろってんだ。言っとくがカーバンクルを攫ってこいとかそんな下らん相談は受けんぞ」
 「そんなことは言わん。ただの確認だ」
 「確認?」
 「私の言っていること…。していることは、果たしてカーバンクルちゃんに伝わっているのだろうかと」
 「…俺が知るかよ」
 アルルにでも訊けと、手で払う仕草をする。
 シェゾとてカーバンクルの考えていること、言っていることは分からない。
 シェゾが分かるのは相棒の闇の剣、てのりぞう、付け加えて昔の手下リュンクスの言葉くらいだ。
 …目の前でうむ、と唸るサタンを横目で見やり、シェゾは伸びをした。
 「伝わってなくは無いんじゃねーか?多分な」
 「どういうことだ?」
 「俺の勝手な推測だから、口には出さん」
 「憶測でも推測でも水兵でも何でもいいから言え」
 「口が減る」
 「……屁理屈をこねおって…」
 しれっと言い放つ闇の魔導師に、魔王は眉を真ん中に寄せてふてくされる。
 シェゾはそれすらも軽く受け流す。
 「嫌われてないことは確かだろ」
 「何故そう言い切れる」
 「お前の土産、残さず平らげてんだろ?」
 「…」
 「受け取ったときいやいや受け取ったか?」
 「……」
 サタンは、お土産のカレーを渡したときのカーバンクルの仕草を思い出した。
 それはもう愛くるしい黒い瞳がきらきら輝いて嬉しげだった。
 カレーだったからだと割り切ってしまえばそれまでの仕草だが…。
 「…とりあえず気長にやれ。お前にはあいつが必要なんだろ?」
 沈黙しているサタンに目を伏せ、後ろ頭に手を組みながらシェゾは天井を見上げた。
 中心から垂れ下がっている電灯が壊れてぷらぷら揺れていた。
 「俺が言えるのはそれだけだし、俺が出来ることは何もない。
  これはお前らの問題だ」
 関りたくないのも事実、とこっそり付け足す。
 「ルルーの方は俺がなんとか宥めておいてやるよ。アイツだってお前がどれほど本気なのか分かれば大人しくなるだろうし、暴れてすっきりすればまた前みたいになるさ」
 背もたれに体重をかけ、シェゾはうんざりとしたように言う。
 口で言うのは気楽だがその作業がどれだけ気力・体力を要するか……。
 考えるだけでもげんなりしてしまう。
 しかし、もしそれを出来なければ今後毎朝ルルーの突撃隣の朝ごはんである。落ち着いて朝ごはんが食えないってことだ。
 シェゾは己の優雅で静かな朝の時間を守るために、それを何とかしなければいけない。
 サタンは苦笑してそんなシェゾを見やった。
 「お前には苦労をかける」
 「そう思うんなら俺に魔力の半分なり全部なりよこせ」
 「いやそれは無理な話だ」
 「チッ、しけてんな…」
 サタンは席を立つと、マントを翻してみせる。
 すると、ぼろぼろだったシェゾ宅のリビングが綺麗に元通りになった。
 恐らく他の破壊された部屋も元通りだろう。シェゾは見上げた天井の先で、瞬く間に修復された電灯を見て少しぎょっとした。
 顔をサタンの高い背に向ける。
 サタンは振り向かなかった。
 「侘びと礼だ」
 「…だから、そういう無駄使いをするくらいなら俺によこせってんだよ…」
 呆れるほど膨大な魔導力だ。シェゾは心底そう思って、黒い背中に溜息を投げかけた。
 サタンは短く別れを告げると、その場で転移を唱えて消えた。
 行先は己の塔か、またアルルの家だろう。
 まったく懲りない男だと、自分の事をエベレストより高い棚に上げて椅子から立ち上がる。
 「まったく、のんきなもんだ」
 色恋沙汰であんなにしなびる魔王なんて見たことも聞いた事もない。
 シェゾは綺麗になったリビングを見回しながら、また背を伸ばした。
 「…まぁ、俺には関係ないがな」
 な、と、腰に佩いていた闇の剣の鞘を叩き、本棚の近くにある机の上で鼻ちょうちんを膨らませているてのりぞうを撫でる。
 「…と…。……来たな」
 大地を揺るがすような地響きと、それがこちらに向かってくるのを感じたシェゾは、いそいそと家を出た。
 これ以上家を壊されるのはごめんだった。


 
 「カーバンクルちゃぁぁぁん!!」
 「ぐー」
 「うわまた来た!」
 「シェェェェゾォォォォォッ!」
 「何でお前俺に八つ当たりすんだよッ!」



 悲鳴と怒号と、一匹の鳴き声が青い空に消えていく。
 とりあえず、魔王の愛の成就は前途多難なようだった。










 **Fin**

管理人より>>  久々の更新は某氏よりのリクエスト「サタカー」です。
 背景もリクエストに応えて純愛はぁとvらぶりぃです。
 こんなもんでどうでしょう++

PCUP=05/07/01



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