暑中。





 「あついー……」
 でれーっと木に背中を預けながら、情けない声でラグナスは呟きを落とした。
 まあしょうがないだろう。
 今日の気温は30℃を超えている。
 そんな中いつもの「勇者様ルック」である彼が散歩なんぞをして、今の今までぶっ倒れなかった方が可笑しいのだ。
 それでも結局直射日光に勝てず、こうしてこの陰に逃げ込んで座り込んでいるのだが。
 「…そもそも誰だよ。あんなに太陽でっかくして。何考えてんだ?アホか?」
 不快指数がかなり高いのか、ラグナスらしからぬ台詞がその口から飛び出た。
 そのアホが単に女にモテたいからとかいう理由で太陽を大きくしたと知ったとしたら、今の彼は何をするか分からない。
 「あちー…あちー…あちー…」
 ぐだぐだと泣き言を零す。
 零したところで暑さが逃れて行くわけではないが、言わずにはいられないラグナス17歳の夏。
 一人で延々とそんな意味も無いことをしていると、木の影にもう一人の闖入者が現れた。
 
 「…何だ、次の対戦相手はお前か?」
 
 「あー…?」
 うんざりと、首を動かすのも億劫だという感じでラグナスはその闖入者を見上げる。
 青い涼しげな眼が自分を見下ろしていて、その瞬間その瞳の主に気付いたラグナスは、慌てて体勢を元に(と言っても木に寄りかかった姿勢には変わらないが)戻した。
 「し、シェゾ・ウィグィィ!」
 「あん?…何だ貴様…俺の名を知っているのか」
 シェゾは自分の名を呼ばれてきょとんとしたが、一方の彼は本人だと確信した上で、剣を抜きながら立ち上がる。
 「─変態魔導師ッ覚悟──ッ!!」
 「どわぁぁぁ!?」
 いきなり斬りかかってきた見知らぬ男に、シェゾは思わず声を上げてその剣を白刃取った。
 「ななあ、何しやがるいきなり!」
 「うるさいっ……民と俺の名誉の為に死ね!」
 「待てそんな自分勝手な理由で死ねるか──!!」
 「とにかく剣をはな………………」
 くらくらくらくら…。
 突然な眩暈。 完全に日に当てられている。
 剣を持ったままへなへなになって目を回しているラグナスに、シェゾは呆れたような安堵したような溜息を吐いてそれを木陰に引き戻してやった。
 「お前馬鹿か…?こんな日にそんな装備つけてたら自殺行為そのものだぞ」
 「ぅぐ……」
 「少しここで大人しくしてるこった」
 「…」
 言いながら、シェゾは木陰でうつ伏せにされているラグナスの近くに腰を下ろした。
 それを嫌そうに見上げると、シェゾはひょいっと肩を竦める。
 「今ぐらい休憩させろ」
 「…」
 勝手にしろと言う勢いで目を閉じると、それ以降会話が消えた。

 「…暑いー…」

 気が緩んだところで、またラグナスはそれを零す。
 すると、隣のシェゾが反応する。
 「…黙れ」
 「…だって暑いじゃないか……」
 「うるさい。言われると余計暑い」
 「…あつ」
 「黙れと言った」
 二度目は言い終わる前に遮断された。
 大人しく黙るとまた会話が消える。そのほうが蝉の声が耳について暑苦しい。
 「…無理だ。やっぱり暑い…」
 シェゾは無言である。もうツッコミにも飽きたのか、ツッコむ気力も無くなったのか。
 それを良い事にラグナスは駄々をこねるようにまた泣き言を言い出した。
 「あーつーいーぃぃぃぃ……」
 「よし」
 「?」
 「今これ以降『暑い』と言ったら罰金OR一発殴る」
 何か思いついたのかと思えば、シェゾが提案したのはそんな解決案には程遠いもので。
 ラグナスは「はぁ?」と奇声を上げながら見上げる。
 「なんだそれ…。そんな事言ったって暑いものはあつ─」
 ガツン。
 「痛!?何するんだ!」
 ホントに殴られた。
 しかもグーで。
 「言っただろ。「言ったら罰金OR一発殴る」と」
 「言った…けど」
 「じゃあ黙れ。言うな。思うだけにしろ」
 「……」
 反論を許さないと言う威圧感を感じて黙り込むと、シェゾが満足気に握った拳を下ろした。
 しかしこの暑さは何か言って気を紛らわせないとやっていられない。
 かと言って、また言って殴られたりでもしたら溜まらない。
 どうしようかと頭を悩ませた末、熱気に当てられた彼の頭が導き出した答えは…。
 「寒いー……寒いー…寒いー」
 「ガキか貴様は」
 呆れた言葉が、ひんやりとラグナスの上に圧し掛かった。





 「さて…そろそろ行くか」
 随分と、そんな遊びに興じた後シェゾは徐に立ち上がった。
 「そういえば…どこへ行くんだ?」
 今になってその疑問が浮上したのか、ラグナスは首をめぐらせてシェゾを見上げた。
 シェゾは馬鹿でかい太陽を指差して素直に答えた。
 「アレを戻しにな」
 「…へえ」
 「じゃあな。…それとお前散歩する気ならもっと軽装できな」
 「っう、うるさいっ……。それよりもお前こそ、今度会ったら勝負だ!」
 「気が向いたらな……」
 ひらひらと、シェゾは肩越しに手を振って、やがてラグナスからは見えなくなってしまった。
 ラグナスはとりあえず、帰るときはサークレットくらい外して帰ろうかと思った。





 





 END。



 管理人より>
 暑中見舞いバンザーイ。
 皆様お体にお気をつけて。


 PCUP=2004年7月27日
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