「待って、彼も一緒に──!」

 『俺』の崩壊が進む中、その娘は緑の髪の男の腕に抱かれながらこちらへと手を伸ばした。
 その、今にも泣き出しそうな顔は一体何なのだ。
 『俺』とお前は今の今まで命の取り合いをしていたはずだ。
 それなのに、その後交わしたたった二言、三言の言葉でお前は『俺』に救いの手を伸ばそうと─

 「…早く行け」



 失 う 恋



 事の始まりは何であっただろう。
 ある男から魔力を奪い力をつけた俺が、半永久的に他の人間たちから更なる魔力を奪うため築き上げた施設。
 『俺』の存在を感知した闇の魔導師の他に、訪れた人間の中に紛れていたその娘。
 戦う力も、思考力も大した事では無いただの小娘だと─そう思った。

 たんに遊びに来ただけであれば、何もこんなところに来なくても良いだろうに、娘は傷つきながら何度でも立ち上がり、次フロアへの道を上がってきた。
 そんなにもお前にとって、何か心惹かれるものがあったのか。
 それは、俺が宣伝に利用したアイテムへの執着なのか。
 それとも、純粋にこの施設を修行として楽しんでいるのか?
 お気楽なことだ。
 仲の良い─というよりも、知己の二人は、アイテムの奪取に躍起になり御互いを牽制してばかりいるというのに。
 
 気まぐれに、俺は姿を現してやることにした。
 全て魔力で作り上げたこの施設では、今更一つ二つ建物を増やすのは造作もないこと。
 あの二人と、そして、あの娘が全ての施設を踏破したときにそれは実行された。
 案の定、闇の魔導師は『俺』から力を取り返すためにこの塔へ挑み、格闘家らしい女は魔力を手に入れるという熱に浮かされたかのごとく扉をくぐった。
 そして最後に魔導師の卵も、同様に足を踏み入れてきた。


 100はあろうと言う階層を、まだあどけなさを残す少女が傷つきながら上がってくる。
 時には傷つき倒れ、時には已む無く脱出を繰り返しながらも、娘はゆっくり『俺』のいる場所へ近づいていた。
 その真剣身を帯びた表情は、最上階に何を望んでいるのだろうか─
 まだ、修行などと、そう思っているのだろうか。
 まァ、構わない。
 娘の魔力はこの施設に初めて訪れた時より格段に強まっている。その魔力を我が物に出来れば、俺は更に罠を作り上げることが出来る。
 そして「半」永久どころか、永久機関として存在し続けることが可能になるだろう。
 俺はこの時笑ったのかもしれない。
 もはや、『何故存在していたいのか』という理由すら、失くしているのに。

 娘がこのフロアにたどりついた時、『俺』は初めてその全貌を把握した。
 驚きに見開く瞳も、何もかもがまだ幼い。
 ただ、吹き出るような魔力の氣だけが小娘の”異常さ”を示していた。
 会話もそこそこに、戦闘を開始する。
 しかしどうやら最初にコピーした闇の魔導師の男と、この娘の使う光の魔法は予想以上に相性が悪かったらしい。
 満足に娘を傷つけることも敵わず、俺は床に膝をついた。

 「─っな、ななな何っ!?」
 ぐらりと、塔が大きく振動しフロアごと娘と俺を揺さぶる。
 そこへ駆けつけた緑の髪の男が娘を庇うように抱いた。
 漆黒の羽を広げて飛び上がる。賢い選択だ。
 「ちょっと、サタン放してよっ!」
 「この塔はもう崩れるぞっ!あ、暴れるんじゃないアルル!」
 「キミが変なトコ触るからじゃないか!」
 全く、自分たちが命の危機に曝されてると言うのにどうしてそう気楽なのか─
 「あ、だったらキミも早く─ここは危ないよ」
 「…」
 俺は、目を見開いた後口の端を吊り上げた。
 娘を抱き上げていた男─俺が、この施設を作り上げるため利用した魔族はこの振動の正体を把握しているのだろう。
 目配せすれば、男は苦い顔のまま娘にそれを告げた。
 塔の崩壊─すなわち、ここを作り上げていた『俺』が崩壊し始めていることを。
 「─だ、だって、でも!」
 「でもじゃない。…もう無理だ」
 「嫌だっ!嫌だよっ…!」
 俺が、人間の形をしているからか?
 最後までお人好しな娘だ。
 ますます振動が激しくなる中、漆黒の翼を持つ男は早々にここを立ち去ろうとしていた。
 だが、未だ腕の中で『俺』を助けようともがく娘に手を焼いているようだ。


 「早く行け」


 お前が幾ら治癒を使えても、物質の崩壊そのものを止めることは出来ないだろう。
 その男が幾ら膨大な魔力を抱えていると言えども、『俺』のような特殊な物質を生み出すことは出来ないだろう。
 ここで一番得策なのは、さっさと逃げて助かることだ。
 

 「─行くぞ」
 「待って、待ってよ──っ!」


 二人の姿が消えた後、俺は何となく天井を見上げた。
 あのように取り乱すこともないだろうに。
 それもとあの娘は俺の中に誰かを見ていたというのだろうか。
 まあそれも構わない。
 だが。


 お前を見ているのは、どうしてか楽しかった。
 もはやそれを伝える術はないのだが。




 「何もなくなっちゃったなあ─」
 アルルは、瓦礫の山となった周囲をぐるっと見回した。
 そこには広々とした敷地の中一杯に崩壊した建物の壁が散らばっている。
 中には何か白くなって泣いている人もいるが、アルルにとってそれは眼中外だった。
 何気なく、瓦礫の下を覗き込んではあの人がいないかと期待してみる。
 だが、もしサタンの言う彼の正体が本当に、人間でないとしたらこれも無駄かもしれない。
 「─アルル、お前手から血が出てるぞ?」
 ふと、いわれて見れば右手に鋭い痛みと共に赤い血が伝っていた。
 「あれ?…何かにぶつけたかな─…?」
 その痛みは手の甲からではなく、掌からだった。
 知らず握っていた拳を緩く解くと、そこには何かの破片がある。
 どうやらそれを強く握りすぎたため、鋭利な部分が刺さった場所から出血したらしい。
 「なんだろ、これ…」
 「何かの欠片のようだが」
 「うん、でも、こんなの持ってたかな?」
 荷物をあさってもそれらしいモノはないし、魔導水晶にしても欠けた部分はない。
 瓦礫の中の一部かとも思ったが、このように漆黒ながらも陽をすかすような透明感のあるものは何処にも見当たらなかった。
 「─でも、きれいだね…」
 何となくそれを手放す気にはなれず、そっとハンカチで包んで荷物に入れる。
 もしかしたら、名前も知らないあの人がくれたのかもしれないと、自分でも都合が良いと思う解釈をしてアルルは笑った。
 
 せめて、これを大事にしよう。
 あの人を助けられなかった代わりに、ずっと、大事にしていこう。

 人知れず決意したアルルは、一瞬だけ、愛しげに目を細めた。
 「─またね」
 ──またなどない。
 苦笑するような笑い声が聞こえるような気がしたが、それは背中から欠けられた友人二人の声にかき消された。
 うち、一人の青年にあの人が良く似ていた気がしたが、やはり違う人だと手を握り締める。



 赤い瞳は、自分の終わりすら全て解っていると儚げに笑っていた。








 /*FIN*/

アトガキ> 無駄に長くなりましたorz
 嵐歌さんのx-fragment二周年お祝いに捧げたDシェ&アルです。
 私はわくぷよでアルルEDを見たときからこの二人に関してはやや気になっていたところがあったりなかったり。


PCUP=2006/06/20

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