退屈。 





 特に成す事もなくて。
 狭い宿の部屋の中ラグナスと二人っきりで。
 元来退屈嫌いなシェゾは、何かこう退屈を紛らわそうとあたりに視線を飛ばした。
 窓の外には雨がぱらついていて、どこかに出かけてくるというのも面倒だった。

 「なぁ」
 「んー…?」
 一方のラグナスは、珍しく暇そうにベッドの上でごろごろうつ伏せに身を転がして
いた。
 相槌を打つ間に、『雨の日ってだるいなあ』と呟く。
 そんなラグナスの乗るベッドに、シェゾはぽそっと腰を下ろす。
 「……どうしたの?」
 寝転がったままでも視界に入る範囲にあるシェゾの腰をするりと撫でる。
 「─。」
 するとシェゾは、べし!とその手を咎めるように引っ叩き、じろりと見下ろした。
 ラグナスはそれにただにこやかに笑い、『何?』と訊いて叩かれた手を元の位置に
おく。
 「……。暇」
 それだけ呟いて、ラグナスから目を外し、窓へ移す。
 雨のぱらつく外は寒そうで、事実、暖房の無いこの部屋も少し冷えてきていた。
 微かに、冷気が身体を震わせる。
 「あー、俺も」
 ごろん、と寝返りを打って仰向けになり、装備を外しているシェゾの背中を見や
り、何となく、広いそれを撫でてみる。
 すると、驚いたようにシェゾが振り返る。
 ラグナスは、その反応こそ予想外で目を丸めた。
 「お前…。手温かいな」
 「は?…そう?」
 「ちょっと貸せ」
 「え。貸せとか言われても取り外しできませんし」
 突拍子も無い言葉に、ラグナスはとっさに思ったことを口に出した。
 …当り前だ。何処の世界に貸せといわれて『はい★』と取り外してみせる人間が何
処にいるのだろうか。シェゾは、呆れたように溜息を吐く。
 「馬鹿。……あー…。面倒くせぇ。勝手に借りる。」
 
 ぐぃっ。
 
 「…へ?」
 腕を引かれたかと思うと、シェゾが自分の手を握ってベッドに倒れこんできたのを
確認して、ぎょっとする。
 シェゾが自分から手を握ってくることなんか滅多にないし、それにこんなに無防備
に自分のいるベッドに倒れこんでくることなんか皆無に等しい。
 内心相当舞い上がっているラグナスなどに構わず、シェゾは一つ呻く。
 「あー、…やっぱ温けえ…」
 「……ソリャヨカッタ。」
 「褒めてんだから普通に喜べよ…」
 普通に喜んだらこのまま頂いてしまいますよ?
 ラグナスは思わずそう言いそうになって、口をつぐんだ。
 経験から言って、それを言えば間違いなくシェゾのエルボー辺りが鳩尾を確実に
狙って落ちてくることに違いない。
 精一杯自制して、ラグナスは少々無理のある笑顔を作って『ありがとう。どういた
しまして』と続けた。
 「……。」
 すると、今度は何が気に入らなかったのか、シェゾはむ、とした顔をしてラグナス
の胸に顔を埋めてみせる。
 「!」
 あまりのことに硬直するラグナスに、シェゾはそのまま顔だけ彼に向けた。
 明らかに動揺しまくっている鳶色の瞳に細く笑いかける。
 ラグナスは、そこでやっと平常心を取り戻してシェゾに笑いかけた。
 「…何。甘えてる?」
 握ったシェゾの冷えた手を握り返して頬を撫でると、シェゾはくすぐったそうに肩
をすくめて見せる。それから、ラグナスの言葉に口の端を少し吊り上げた。
 「甘えてるのかもな?」
 「うっそ。…明日も雨?」
 「…何だよそれ。」
 「そのまんまの意味─って、痛…ッ、冗談冗談。怒るなよ…」
握った手に渾身の力を込めてくるシェゾに、ラグナスは苦笑交じりに諌める。 
 すると、シェゾも『分かっている』と同じように笑って見せた。
 それから、またぽすんと胸に顔を埋めるシェゾに、ラグナスも深く息を吐いて目を
閉じる。
 



 しとしとと聞こえる雨の音が、暫くその空間を支配した。
 胸元の温かい体温を感じつつ、『このまま時が止まればいい』と思う。
 このまま時が止まって、ずっと二人でいれたらいいのにと、随分身勝手な願いを口
の中で呟く。
 



 ─そんなこと、叶わないのだけれど。



 苦笑すると、シェゾが顔を上げて訝しんだ表情で見ていた。
 「どうかしたのか?」
 「…どうもしない。大丈夫だよ」
 「…」
 そう言って。少し自嘲的に笑う。
 シェゾは、ラグナスのその癖を知っていた。
 ─また何か余計な事考えてんのか…。
 癖の示す彼の内側に、シェゾは内心大きな溜息をついて見せる。
 「嘘吐けオラ」
 ずぃ、と顔を間近に近づけると、端整に整った顔がぎょっとした。くすりと笑って
唇を塞いでやれば、今度は一気に赤くなる。
 面白いほどの百面相に、シェゾは耐え切れず笑ってしまった。
 それから、自身に何が起こっているのか理解できていないらしい目の前の男にまた
キスをして。
 「『今は』俺と二人なのに余計な事考えてんなよ」
 柔らかく微笑みかけてやる。
 どうせ先の、『いつか離れる日』の事を考えているのだと察した上での言葉だっ
た。
 それはシェゾとて考えないわけではないが、少なくとも「今は一緒に」ここにいる
のだ。そんな時にくらい、そんなこと忘れてしまえばいい。
 それで、たくさん互いが満ち足りた思いができればいいと思う。
 もっとも、そういってその考えを止められたら苦労はしないだろうが…。
 珍しい微笑で笑いかけられたラグナスは虚を突かれた顔で数瞬沈黙したが、シェゾ
の言葉を聞いた途端苦笑して頷いた。

 
 ─するり、と、シェゾが身を擦り付けると、ラグナスはきょとんと目を丸くした。
 シェゾの躰が熱い。
 「…何?…したい?」
 いつもなら即行で殴られそうな言葉を吐く。
 言った後で思わずしまったと構えるラグナスに、しかし今日は何も衝撃がない。
 訝しんで名を呼ぶと、シェゾが艶やかに微笑んでいた。
 ぎゅ、と、握った手に力を込めて、少し掠れた声で誘うように呟く。
 「たまには、な」
 「……ぅわ、ェロー…」
 正直な感想を漏らすと、やっぱり殴られた。









 位置を反転させ、シェゾの背をベッドに押し付ける。
 やや大げさな悲鳴を上げるベッドに構わず唇を塞ぐと、シェゾの腕が背中に回って
くる。
 縋るようなその手が熱くて、ますます誘われた。
 手と同じく、熱を持った口内を荒らせば鼻にかかった声が零れ落ち、眩みそうにな
るほど煽られる。 
 ローブをはだけさせて直接肌を撫で、そこでラグナスは、自分の手の熱さを知っ
た。
 名残を惜しみながら唇を離すと、濡れた口唇を舐めて、シェゾが笑う。
 「お前も同じ…だろ?」
 「…だ、ね」
 くすり、と、どちらからともなく笑みが零れた。

 

 












 情事の後、向かい合って寝ないのは、いつの間にか二人の間に出来た決まり事だっ
た。
 離れて、互いに背中を向けて寝るのは、いつかの日のため。


 目が覚めたとき、隣の空間に寂しさを抱かないため。


 それは、暗黙の了解。
 ラグナスも、シェゾも、それを口に出したことはなかった。
 




 ─ふと、雨音にシェゾは目を覚ます。
 素肌にさらさらとしたシーツの感触を感じながら寝返りを打って見れば、呼吸に従
い規則正しく上下するラグナスの身体があった。
 そろそろと手を伸ばして、自分に向けられた背中に触れる。

 まだ、そこにある。

 隠し切れない安堵が、溜息になって零れた。
 身体をずらして、ひたり、とくっついてみる。
 …起きない。
 相変わらず難しい顔をして眠っているラグナスを覗き込んでそれを確認してから、
またその背に身を寄せる。
 
 …何をしてるんだ。と思う。
 それでも、その体温の心地よさに離れる事が出来なくて、無理やりに目を閉じた。
 


 「…」
 す、と細く目を開けて、己の背に身を寄せるシェゾに苦笑する。
 「狸寝入り」だったとシェゾが気付けば、命の危険に晒されるであろう事は確かな
ので、そのまま振り向かなかった。
 
 シェゾは分かっているのかもしれなかった。
 ラグナスが言わない、『いつか離れる時』がもう、近いことを。
 こうして、同じベッドに入って眠るのが最後であるかもしれないということを。
 









 本当は。
 何度腕に抱いて眠りたいと思ったか。
 しかし、それは互いのためにならないと、振り切った。
 お互いのぬくもりが、『当り前』になってはいけないのだ。
 自分は、『この世界』の人間ではないのだから。
 

 いつか、帰るのだから。


 振り向いて抱きしめたい衝動を辛うじて堪え、ラグナスはまた瞳を閉じる。
 少し軽くなった雨足の立てる音は、易々と睡魔を煽り立てた。
















 そして。目を覚ました次の日は、最終決戦。
















 †…END…†


管理人より>季冬様へ捧げたリクエスト品v
○○に甘える○○という事でしたが、どんなもんでしょう(逃)


 PCUP=2004年6月26日

 モドル
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