ふるふる ふるふる ゆきが ふる
ゆきを みあげて たつ ぼくに
ふるふる ふるふる ゆきが ふる
使い魔観察日記─XmasDay's Report
世間は、俗にクリスマスである。
やれパーティだ、プレゼントだと周りが賑やかなこの日、シェゾは朝から自宅にこもっていた。
少なくとも、自分にはこんなイベント関係ないと思っていたし、何より面倒だったのだ。
いつものようにまだ未解読の魔導書をぺらりとめくり、温かい珈琲をすする。
それからふと、家の中がずいぶん静かなのに気づいて本を閉じた。
「…ちび?いないのか」
普段なら、寒くて外に行けない為かそれを誤魔化そうとちびがあちらこちら走り回っているのだが。
見やると、彼の姿は見えないし、寝床にもいない。
「……?」
どこかで疲れて寝てしまったのかと、シェゾは椅子を立って暫くちびの姿を探した。
よく潜り込んでいる狭い隙間や、すっかりちびのお気に入りにされたクッションの上にもいない。
随分と家を探索した後、ようやく家の中にいないことに気づく。
「…どこに行ったんだ?」
がりがりと頭を掻いて窓を見やると、灰色の曇天が見えた。
雪が降るな、とシェゾは眉を潜めて暖炉の火を強める。
弾ける火の粉を眺めた後、また窓を見やる。外はすぐにでも雪の降り出しそうな天気だ。
もし外に出ているのなら、アイツは大丈夫なんだろうか、と、シェゾは困ったように溜息を吐く。
探しに行くのが面倒だという気は無いが、行き先に心当たりが無い。
「くそ…っ」
─それから、何故自分がこうも使い魔一匹に頭を悩ませているんだと少し毒吐いた。
一方その頃、肝心のちびはというと…。
『ぅー…』
ずるずると何か大きな─いや、常人にすれば、小脇に抱えられるサイズなのだが─荷物を引きずるように背負って道を歩いていた。
唸りながら、それでも一歩一歩を確実に進んでいるそのスピードは、けれどお世辞にも速いとは言えない。
『ぴゃ』
たまに、背中の荷物を見やって確認し、またよいしょと背負いなおして歩き出す。
最近よく自分の主人を訪ねてくる、自分と同じ顔をした青年が言っていた。
今日(クリスマス)は、大切な人に贈り物をして過ごす日だと。
まぁ、実際は少々違うのだが、ちびはそれを聞き、まだ小さいながらにあることを思いついた。
それが、この無断外出と荷物である。
時たま主人の買い物について行って、どうすれば物が買えるのかなどは学習済みであったが、さすがにちびには金が無かった。
なので、ちょっと主人の財布から失敬してしまったが、出かけるときの様子からして気づかれていないようだったので、まぁ良いだろう。
それから、明るい内に家に帰れるように朝から家を出、ついさっき目的を済ませてきたところだ。
店員はちびをそれは驚き、そして物珍しそうに眺めたが、金を持っていると分かると親切にも品物を選ばせてくれた上、小さいちびにも持って歩けるように背中に背負わせてくれた。
尻尾を振り、精一杯の感謝と喜びを表すちびに、店内が何故か和んでいたが、ちびはそれを理解することなく嬉々と帰路に着いたわけだが─。
…やはり、彼の身体にこの荷物は少々重いようだ。
『ふぃー……』
大きく息を吐いて、少し休憩しようと道の端に座る。もちろんこの時も荷物を汚さないように気を遣いながら。
『ぴゃー…』
ゆらゆら尻尾を揺らし、空を見上げると、空は今まで見たことも無いような色になっていた。
「………………」
カチカチと時計の音が神経に障る。
シェゾは、暖炉の前に椅子を置いて座り、腕を組んで目を閉じていた。
どんな小さな物音にもすぐ反応できるように意識を尖らせながら、ただ無言でその音を待つ。
─時たま、パチリと火花が弾ける音にすら慌てて身を起こして辺りを見回してしまう。
……ちびの帰宅を待っているのだ。
使い魔は基本的に主人から逃げ出したりするような性質を持ち合わせていない。必ず、戻ってくる。
ましてや、ちびを作ったときベースに思い浮かべたのは、主人に忠実な犬である。
故に、逃げ出したりすることはまずありえないという結果に行き着き、何か理由があるのだと、シェゾは自分に言い聞かせて大人しく待つことにした。
だが、ただ待つというのもかなり神経を使う作業で、シェゾは何度か立っては座り、また立っては窓の外を眺めたりを繰り返していた。
「〜〜〜…」
そして─また、何度目にかにもなるが、椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。
曇天はますます濃くなり─ちらりと、白い雪が降り始めていた。
最近の気候は極めて冷え込んでいるから、きっとあっという間に積もってしまうだろう。
…白く雪原になった道を、小さな足跡が転々と続いている。
その先には、先ほどより遅くなったペースで歩くちびがいた。
吐く息は白く、歩く道は冷たい。
しかしちびにはそれが雪だと分からなかった。
ただ、白く冷たく、けれどきれいなもの、としか判断できていない。
時たま自分に積もっているそれを、頭をフルフルと振って振り落とし、冷ややかな空気に身を震わせた。
『─っくちゅ』
ぼて。
使い魔らしからぬが、ちびはくしゃみをし、その反動で積もった雪に正面から倒れこんだ。
『っぷぅ…』
顔がいきなり冷たくなったので驚き、慌てて顔を上げる。
すると、雪が融けて濡れた顔に冷たい風が吹き付けた。それがあまりにも寒いので、ちびは思わずその場で丸くなりそうだった。
─しかし、思いとどまり、またしっかりと歩き始める。
なんとしてでも、これを主人に届けなければ。
幸い、この辺りは自分がよく散歩して回っているから、道が見えなくても大丈夫だ。
『ぴゃー…』
自分に気合を入れるつもりで声を上げ、尻尾を振って荷物を背負いなおす。
赤くなり、じんじんと痛む鼻を少しこすってまた空を見上げると、白いそれはゆっくりと自分に降り積もってきた。
さくさくと、一人の青年がある魔導師の家へ向かっている。
その手には少しの荷物と、ワインが握られていた。
彼が今から訪ねようとしている魔導師は、こういうクリスマスなどのイベントにはとんと無頓着で、こういう日はずっと家に篭りっぱなしだ。
そこで青年は、このイベントの楽しさを、せめて彼の家で味わってもらおうと計画したわけだ。
「ふう、すごい雪だな」
油断すると髪に積もってしまう雪を振り払い、青年は苦笑した。
「まぁでも、お誂え向きかな。今日はクリスマスだし」
新雪を惜しげもなく突き進む。もうすぐ、例の魔導師の家が見えてくるはずだ。
雪が積もっているせいか随分景色が変わっているが、間違いない。
少し足を速めると、視界の端に何かが引っかかった。
「……?」
見回しても、それの正体はすぐには分からなかった。
一瞬、気のせいかと思いかけたところで─
『ぴ……』
「…!?」
なにやら聞き覚えのある鳴き声が聞こえ、さらにある一箇所が不自然に盛り上がっていることに気づき、青年はそこへ近寄った。
茶色い尻尾と綺麗な包装紙が白い雪の上にぽんと覗いている。青年は慌ててそこを掘り返した。
「ちびじゃないか!」
『ぴゃー……』
すっかり冷え切っている、自分と同じ顔をした使い魔…ちびに、青年はぎょっとした。
思わず名を呼ぶと、栗色の大きい瞳が重たげに開いて自分を見つめる。
『…ぐー?』
最近、青年の名をそう呼ぶようになったちびの返答に、ほっと力を抜く。
ぐーと呼ばれた青年─ラグナスは、ちびを荷物と一緒に雪から掬い上げた。
「どうしたんだい、こんなところで…。冬眠にしたってもっと暖かい場所でしないと、凍死しちゃうだろう?」
ちびと、ちびの荷物を持ち、また魔導師の家への道を歩き始めるラグナスに、ちびは人肌の温もりを求めるようにラグナスにすりつきながら、荷物を指し示す。
『まー、まーに、…れんとー…』
「わ、結構喋れるようになったんだね…」
舌足らずに、しかも単語にもなりえていない言葉だが明らかに人語を話すちびに、ラグナスは感心したように嘆息する。
少し得意げに笑むちびを撫でながら、言葉を反芻する。
「まー、…まーか。…俺が「ぐー」…で…。…もしかしてご主人様の「ま」?」
『ぴゃぁ』
「そうか。…ということは…これをシェゾにプレゼント…ってことかな」
大体の予想をつけて言うと、ちびがその通りだと尻尾を振って頷く。
暖かいラグナスに抱かれているせいか元気が出てきたようだ。その様子に安心したようにラグナスは微笑んで、荷物を少し持ち直した。
「そっかそっか。ちびはいい使い魔だね〜」
『ぴゃーっ』
「じゃ、俺たちとシェゾで、一緒にクリスマスやろうね」
『♪』
嬉しそうに尻尾を振って見上げてくるちびに、ラグナスも楽しそうに笑み、間近に迫った目的地を目指して歩みを速める。
すっかり雪化粧を終えた彼の家の窓から、暖かそうな光が零れていた。
とんとん。
「!」
シェゾは、少し遠慮がちなノックに素早く反応して扉を開いた。
「このバカ、どこへ行って─……。…」
そして、開けるなり声を荒げたが、帰りを待っていたちびだけではなく、一人来訪者が立っているのに気づいて言葉を中断させる。
来訪者ラグナスは、シェゾの剣幕にくすくすと苦笑をこぼしながら「やぁ」と挨拶をした。
「その様子じゃあ、どうやらちびは無断で外出していたみたいだね」
「…何でお前がちびと一緒なんだ?そしてその荷物は何だ」
「たまたまここに来る途中に拾ったんだよ。プチ遭難してたから」
「…プチ?」
「プチ」
「いや、繰り返さんでもいい…。…それから?」
あっさりと怒り─というか心配─が吹き飛んでしまったのか、シェゾは少し疲れたように先を促した。
もっとも、この間ちびは主人の最初の剣幕にすっかり怯えてしまっているのだが。
「今日クリスマスだろ?」
「そうだな。俺には関係ないが」
「そういうと思ったから、ちょっとね」
ワインと、それから荷物をちらつかせるとシェゾの表情が変わった。
「俺の家でどんちゃん騒ぎをやるつもりならちびを置いて帰れ。」
迷惑だという感情を隠しもしない顔と声と言葉に、ラグナスはまさかと苦笑して手を振った。
「ここに来るのは俺だけだよ。
─俺も、あんまり賑やかなのは苦手だからね」
「…なるほどな。さては逃げてきたな」
「うぐ」
ラグナスの言葉の真意に気づき、言うと、やはり図星かラグナスは呻いて苦い顔をして笑う。
シェゾは彼の手から怯えるちびを引き取ると、本日何回目かの深い溜息を吐いて手招きをした。
「…まぁ、たまには付き合ってやるよ。ちびも助けてもらったみてーだからな」
「そうか。…ありがとう。じゃあこれは差し入れな」
「ん」
招き入れられ、ワインやささやかな量のケーキを渡してラグナスは笑んだ。
それから、ふと気づいてちびの背負っていた荷物を手渡す。
何だと訝しむ使い魔の主人に、ニコリと微笑んで耳打つ。
「それ、ちびからのクリスマスプレゼント」
「……!」
ビックリして自分を見やる主人に、ちびは少しきょとんとした後、その手にある荷物を見て尻尾を振った。
冷え切った真っ赤な顔で一体どれだけの距離を歩いてきたのだろう。
シェゾは何やら口元が笑うのを堪えるのに必死だった。
「…シェゾ、今親馬鹿の心境だろ」
「…黙ってろ」
からかうような言葉に言った声は、やはり震えていた。
それからすぐに、ちびは疲れで眠ってしまった。
寝床には沢山の布が敷き詰められ、ちびはそれはもう幸せそうな顔でぬくぬくと眠っている。
「……はー…」
シェゾは、感嘆とも疲れとも取れる溜息を吐いて、そそがれたワインを呷った。
その正面で、ラグナスがケーキと一口食べて笑う。
「可愛いなあ」
「何が」
「ちびが」
「…そうだな」
財布の中身を勝手に使われたのは痛いが、と、シェゾは苦笑してイチゴを口に放り込む。
「まあ、さすが俺の作った使い魔ってところだな」
「親ばか」
「ウルセ」
くっくと笑うラグナスに、シェゾは微かに照れたように頬を赤らめた。
隠すようにまたワインを呷ると、思い出したようにラグナスは一つの箱を差し出す。
「ああ、ちなみにこれプレゼント。俺からの」
「……あ?」
「旅先でね、ちょっとした魔法アイテムを手に入れたから…それを君に。
俺には必要ないし」
「……ふぅん」
差し出された箱を受け取り、開けてみればそこには小さな水晶が収まっていた。
おそらく何かの媒体として使用するものだろう。そう珍しいものではないが買うとなると高価な品物だ。
「ありがたく受け取っておく」
もう返さんぞ、としっかり懐にしまう込むと、その様子が可笑しかったのかラグナスはまた肩を震わせて笑った。
「そうだ、ちびのプレゼント、なんだった?」
「あぁ…」
シェゾは、自分の傍らにおいてあるプレゼントを見やって、ラグナスに少し見せた。
それは、シェゾに似合いそうな黒いマフラーであった。
多少、濡れているようだが。
「へえ、暖かそうだね」
マフラーに触れて笑むラグナスに、シェゾは相槌を打ってちびを見やった。
目の前の青年と同じ顔の使い魔は、疲労困憊でぐっすり眠っている。
最近、このちびを可愛いと思うことに抵抗を感じなくなってきているせいか、今日一日のことも、今も、この使い魔が可愛くてしょうがない。
今度は、散歩を渋らずに連れて行ってやるか。
零れる笑いをもう隠しもせず、シェゾはくすくすと笑った。
それに、ラグナスはきょとんとする。
その顔は、ちびに似ていた。
─いや、ちびが、このラグナスに似ているのだが。
「……シェゾ?」
「…。お前も結構可愛いんだな」
「…壊れた?」
真顔で言うシェゾに、ラグナスは少し退いて、眉をしかめた。
今宵、聖なる夜に、使い魔は何の夢を見るのか。
ふるふる ふるふる ゆきが ふる
ゆきを みあげて たつ ぼくに
ふるふる ふるふる ゆきが ふる
Merry Christmas!
**END**
管理人より>終わったーーーー。ぎりぎり間に合いましたよクリスマスネタ!
某方よりのリクエストで、使い魔のクリスマスネタです。
…えっと、本当は迷子になったちびのつもりで書く気だったのですが…。
いつの間にかぷち遭難に(爆)
ちなみに、使い魔観察日記のコンセプトは「シェ→ラグ(?)」なので、ラグシェっぽくても根底にあるのはシェラグです(何)
途中詩=まどみちお「ゆきがふる」
PCUP=2004年12月22日
モドル