ねえ
好きなの 愛してるの。
どうしたら伝わるの?
ねえ
好きなの 愛してるの。
どうして信じてくれないの?
舞台の上の女が、そう誰に伝えるでもなく謡っている。
その節だけが異様に耳に残るのは、共感するものがあるからか?
─まさか。
自嘲的に少々表情を崩すと、目の前の席に着いた男がびくりと身体を震わせた。
「ああ、すいません。何でもないです…。気にしないでください」
いつもの、『イイコ』の仮面をつけなおす俺に、今回の仕事の依頼人はほぅ、と溜息をつく。
「…それで、引き受けてもらえるのか?」
「…」
仕事の内容は、「表向き」は極単純な護衛。
しかし、本当は、ある「不合法な」取引場の用心棒。
傭兵を始めてからこの手の依頼はよく回ってきた。
そして、その度に妙な場所での打ち合わせ。
今回もその例に漏れず、俺は今ちょっとした裏路地の酒場に連れ込まれていた。
内装はまあ、それなりなんだろうと思う。
客も入っているし、どんな雰囲気であろうと活気があるのは良い事だ。
─皆が皆、舞台の上で歌う歌姫に見惚れ、聴き入り、歓声を上げる。
酒気に染まったのか、赤い顔はだらしなくて。ある意味『怠惰だ』と感じる自分は、「冷めている」とい
う事だろうか?
そして、そんな『怠惰』の中で、こんな裏取引の話を持ち込まれている自分もまた、滑稽に思えた。
「金はこれだけ出す」
黙りこんだ俺をどうとったのかは知らないが、どう見ても堅気には見えない男はそう言い、傭兵の報酬に
しては破格の金額を提示する。
「…」
俺は、あまりのくだらなさに何も言わずただ目を閉じる。
それを、『足元を見ている』とでも感じたのか、名も知らぬ依頼人は険しく表情を変えた。
「…これでも足りないという気か?」
何が不満だ、と。声が訊いていた。
「…いいえ?とてもすばらしい報酬です。─が…」
「…なんだ」
「俺でなくとも、他に腕の立つ傭兵はたくさんいるでしょう?」
さりげなく、この仕事を拒否する言葉を含ませて笑みを交えて言うと、男はく、と笑った。
「謙遜する気か?─ラグナス・ビシャシ」
「…」
名を呼ばれて、俺は不愉快な気分で口を閉じる。
「有名だぞ…?…何でもあの『闇の魔導師』と互角に渡り合ったとか─」
「その話は。」
「…」
「今は、必要ないことでしょう?」
探られたくない場所に触れてくる男を、射殺す気で睨んだ。
男が息を呑んで、口を閉じる。
…多少大人気なかったかなとも思うが、謝る道理はない。
出された酒を一気に飲み干して、席を立つ。
「すみませんが。…この話は無かった事にしてください」
「─な、何!?」
「あ、その代わりここのお会計は俺が持ちますんで」
できるかぎりにこやかに顔を作って、伝票を手に出口へ向かう。
つられる様にして、男が荒々しく席を立つと、幾つかの好奇の視線が集まってきた。
「こんな良い話を蹴るつもりか!?─傭兵の癖に!」
─ひたり、と。
「…」
俺は、そのセリフに足を止めた。
胃の辺りがムカムカするのを必死に抑えて、無表情に男を振り返る。
男が、再びびくりと身体をすくませた。
少し殺気が滲んでいたかもしれない。
俺もまだまだ修行が足りないな…。と、心の片隅にちょっと思いつつ、しかしそれ以上殺気を抑えようと
は思えなくて。
俺はそのままの状態で穏便に事を済ませようと口を開いた。
「…傭兵にも仕事を選ぶ権利はありますし。─それに─」
「腐った人間に貸す手は、あいにく持ち合わせていませんので(にっこり)」
男が、呆気に取られて硬直した隙に、さっさと会計を済ませて店を出る。
その後、怒声と騒音が店から響いていた。大方、正気に返った男がヒスでも起こしたんだろう。
…あ。
ヒスを起こすのは女だったか。…まあ、いいけど。
「…あー。頭痛ぇ…」
今更一気に仰った酒が響いて、最悪なコンディションのまま俺は帰路に着いた。
暗く、既に明かりの落ちた夜の闇の中に、ぽつんと灯りの点いた家。
俺と『闇の魔導師』であるシェゾが住んでいる、小さな一軒家。
「…」
遅くなりそうだから寝てて良いって言ったのに…。
苦笑しつつ、マホガニーのドアを開けると、
「おう。オカエリ。思ったより早かったじゃねーか」
と。
銀髪の青年が、ひょっこりと顔を出した。
ただいま、と、なるだけ普段どおりに受け答えたつもりが、どうやら失敗したらしい。
シェゾの顔が一気に剣呑なものになる。
「……。何かあったか?」
「…別に?」
「嘘吐けコラ。」
ひゅん!と。
鋭く目の前にお玉が突きつけられる。
…何故にお玉?
しかもほのかにカレーの香り。
「カレー?」
「ああ。…さっき温めた」
「…グッドタイミングって奴ですか」
「馬鹿。…お前が帰ってきそうだな、って思って温めておいてやったんだろうが」
─シェゾは、大概そういうカンは優れていた。
戦闘中も、何回この魔的なカンに助けられてきた事か…。
…思い出すとキリがない。
ふと黙った俺を訝しく感じたのか、シェゾが不意に俺を覗き込む。
蒼い瞳と視線が合った瞬間にかっと身体が熱くなった。
…って、おい。それはやばいだろ。俺。
「…だーかーら。何があったって訊いてんだろうが?」
いきなり両頬を挟まれて、真正面に顔を捉えられ。俺は思わず唸った。
「何でもないってば」
「嘘だ」
「何で」
「カンだ」
「……」
「……」
暫く、にらみ合うように見詰め合って。
いつも負けるのは俺の方だった。
長く息を吐いて、観念したように俺は口を開いた。
「…依頼人とちょっとね。もめただけ」
「おま…。…またかよ……」
呆れたようにシェゾが言う。
うん、そうだ。
これで何回目だったっけ?
「……何か言われたのか?」
「…」
聞かれたくない、と視線を落とすと、シェゾはそれ以上突っ込んでこなかった。
代わりに頬を放して俺を真正面に見る。
「…お前は『お前』だから、な?」
「…うん」
言い聞かせるような、それ。
ああ、やっぱり凄いな…。
言いたい。
伝えたい。
この、カンジョウを。
シェゾが知らない、俺の中でだけ渦巻くカンジョウ。
「─シェゾ…?」
「あー?」
名前を呼んだ時には、シェゾはまたキッチンへ消えていた。
「…いや…何でもない」
タイミングを逃して、俺はまた一つ言葉を飲み込んだ。
好きなんだ。
シェゾ。
愛してるんだ。
シェゾ。
どうしたら…、上手く伝わるんだろう。
君との関係を保ったまま。
好きだと。
愛してると言ったら。
「今」が壊れる気がして。
言えない。伝えられない。
もどかしい。
言いたい。伝えたい。
もどかしい。
ねえ、どうしたら─
「今」を保ったまま、君を愛してると言えるだろう。
「今」を壊したくない。
きっと、君以上に俺を分かってくれる人は俺の前に現れないだろうから。
だから。
なおさらに。
君を独り占めしたい。
でもこの関係を保っていたいから。
『変な奴』と、笑う君の背中を見送って、俺はまた一つ想いを殺した。
-END-
管理人より>
ラグナスさんは色々考えてる人だと思うなー。とか。
独占欲強そうだよなー、とか思ったりして。
PCUP=2004年7月23日
モドル