「もし世界が終わる時も君はそんな風に笑ってるのかな」
曇りの日の散策の最中、Dアルルは唐突にそんなことを言い出す。
ラグナスは、天気の様子を見ながらこの後の予定を立てていたところだったので一瞬反応が遅れた。
「…ん?」
「いつもいつも、ヘラヘラしてるから」
ラグナスに対するDアルルの印象は、それしかなかった。
流石に戦闘中に笑っていることはないが、大抵見る顔は笑顔・苦笑ばかりだ。
「そういう君は、いつもいつも不機嫌そうだね」
「ボクはもともとこういう顔だ」
「じゃあ、俺ももともとこういう顔なんだよ」
「…」
ウソダ。
知っている。
その笑顔が張り付いているだけなことを。
「じゃあって何さ…」
「訂正しようか? 俺の顔はこういう造りなんだよ」
「…別にいいけどね」
ふぅっ、と憂鬱を吐き出しながら椅子にしていた岩から降りる。
「帰るかい?」
「うん、帰ろう」
もうそろそろ、防寒具が必要になるだろう。
微かな肌寒さに、Dアルルは己の腕を少しこすって暖めた。
寒い?と尋ねられ、首を横に振ってそのまま歩き出す。
「曇ってるから、夜はもっと冷えるかもね…」
「ボクの分の毛布を一枚増やすことを要求する…」
「…ハイハイ」
呆れたような、苦笑の現れた溜息が聞こえたので振り返ると─
「うん?」
やっぱり、ラグナスはにっこりと笑ってみせる。
─張り付いた笑顔。
「…君はいつまで『勇者』でいるつもりなんだ」
「…D」
「その顔は、君の顔じゃないだろう」
「…」
すっかり足を止めて、Dアルルはラグナスを振り返った。
…ラグナスはそこで『微笑』を消す。しかし、Dアルルの瞳から目をそらさなかった。
「知ってるよ。その顔は、『皆を不安がらせないため』の顔だ」
「…」
「ボクを不安がらせないためとか、安心させるためとか、そんな考えちょっとでも持ってるのかい?」
だとしたら、と言葉を切りずかずかとラグナスの目の前まで戻って、とび色の目を睨みつける。
「大きなお世話…というより、心外だね。ボクは周囲に関してまったく不安もないし、恐怖もない」
「…うん」
「大体ここに『勇者』を求める人間なんていやしないよ」
頭一つ小さいところで、Dアルルが腕を広げて『ココ』を主張すると、ラグナスはやっと困ったような表情を浮かべる。
それから、うーんと唸って頬をかいた。
「…もう、癖なんだよな。長いことやってるから」
「ボクは気に入らないんだ。何とかしろ」
「…酷いなあ」
「仕方がないだろう。 気に入らないものは気に入らないんだ。
そんな仮面か何か貼り付けたみたいな笑顔、ボクは付き合いたくない」
「仮面紳士?」
「どこに紳士がいるって?」
敵わないなあと、ラグナスは久々に本心から苦笑を浮かべてみせた。
仮面がわずかに外れたのが解ったDアルルは、やや不満げながらも厳しくした目を緩める。
「……まあ─」
「ん?」
「もし世界が終わる時でも、君はどうせ笑ってるんだろうけどね」
「…いやそれさっきも…。というか、流石に笑えないと思う」
「どうかな。君は立派なピエロだと思うよ」
「褒めてないよね?」
「さあ」
再びラグナスに背中を向けて帰路へつく。
褒めたつもりはないが、貶したつもりもない。
なんとなくそう思ったのだ。この男はきっと、周囲の人間が安堵できるならいつまでも道化をやってのける。
生粋のバカだ。
「…ああ、これは褒めてないや」
「ん?何か言ったかい」
「君はバカだなって思って」
「…俺、何かした?」
「ううん」
「じゃあ、何だい」
「性格っていうか、君自身がバカなんだよ」
「…」
「バーカ」
「あの、流石に俺も悲しくなってきたんだけど」
お前なんて、一度泣いてしまえばいい。
「たまにはいいんじゃない?」
「何だって今日は、そんなに鋭利なんだい…」
お前なんて、一度、内側のもの全てぶちまけてしまえばいい。
「寒いから」
「そんな格好してるからだろ?」
「重装備の君には解らないだろうね」
お前なんて、一度、全てさらけ出して、ゼロに戻ればいい。
そうしたら、張り付いて剥がれないその『仮面』を引っぺがしてやれるのに。
「……マント入ります?」
「ボクにそんなゴツゴツのアーマーの腕の中に入れって?」
「…なんかゴメン」
「いいから、早く帰るよ。ついでにボクが振り返るたびにっこりしなくていい。」
「それ無理。もう脊椎反射」
/*FIN*/
あとがき>>
書けば書くほどはまっていくという、恐ろしい事態です。
ラグナスはホント、Dアルの前じゃにっこにっこしてるといいよ。
で、へらへらすんなって蹴られるといいよ。
…あれ?ラグの扱いって誰が相手でもおんなじ…?
PCUP=2006/12/27
モドル