「夢見たものは一つの幸福/願ったものは一つの愛/其ら全ては此処に在る」




 ─一仕事をこなした、その帰りだった。

 近道に深い森の中をシェゾと談笑をしながら歩いていた時、ふとラグナスは視界に何かを引っ掛けた。
 ─白い、建物のようだった。
 「…?」
 「?どうした」
 ふと途切れた会話を訝しんで、シェゾがラグナスを問うと、ラグナスは足を止めて通りすぎた景色を振り返る。
 確かに、何かがあった。
 「…んー、ちょっと戻って良いか?」
 「…別に構わねえケド…」
 「ありがと。…こっちになんか建物が見えてね…」
 「それはまた…、妙なもんだ」
 こんな森の中に、と続ければ、前を歩くラグナスも同様の相槌を返した。


 確かに、そこに「何か」はあった。
 「…廃墟、か」
 シェゾが特に何の感慨も無く呟く。
 
 そこは、随分昔に村があった場所のようだった。
 あった、というのは、先程のシェゾのセリフの通りそこは廃墟だったからだ。
 別段、何かに襲われたような痕跡もないことから、きっと自然に廃れてしまった名も無い村だったのだろう。
 「……あ」
 村を一通り見回していたラグナスが短く声を上げる。
 それに振り向くと、彼は既に歩き出していた。
 シェゾは、恐らく広場であったそこをもう一度ぐるりと見た後、その背に続いた。

 
 ラグナスが立ち止まって見上げていたのは、白い大きな教会だった。
 古びて、ツタを這わせたその白い壁は、あちらこちらが崩れている。それが、風化した村を寄りいっそう寂しげに感じさせた。
 「これか…」
 さっき視界に入ったのは、と、ラグナスはそう零しながら壊れた扉を開けて中に入る。
 そして、その中の光の色が何やら変わっていることに気付き、ふと上を見上げ─
 言葉を、失った。
 「ラグナス…?」
 シェゾが声をかけても、ラグナスは反応を返さずただ『それ』に見惚れていた。
 同じようにシェゾもその視線を追い、見上げてみる。
 「…ほぉ」
 そこには、巨大なステンドグラスがあった。
 見事という他ない美しさで、その輝きたるや思わずシェゾすら感嘆の溜息を零すほどだった。
 「凄いな…」
 「あぁ」
 古びた紅いじゅうたんをきしきしと言わせ、ステンドグラスの下まで歩む。
 暫くぼんやり見上げていれば、ラグナスがふと口を開いた。
 「なぁなぁ。ついでに結婚式でも挙げてく?」
 「…………はい?」
 「結婚式」
 聖書もあったし、と、埃と土をかぶった本を拾い上げるラグナスに、シェゾはただただ呆れて物も言えないよう表情になる。
 「何を馬鹿な…」

 言いかけて言葉を飲み込む。

 「ん?」
 ステンドグラスを背にしたラグナスが、それを訝しんでシェゾを見やる。
 どうした?と微笑まれて、思考が吹っ飛んだ。
 
 ─神々しいというのは、こういうことなんだろうか。
 柄にも無く思い、シェゾはただ目の前に立つ青年に見入った。
 ステンドグラスを通って彼を照らす光が、あまりにも、誂えられたように綺麗で。
 やはり彼は、『光』なのだなと思い知った。


 「─シェゾ?」
 そんな、光が。自分の名を呼んで、シェゾは思わずはっとした。
 それから、「ラグナスに見惚れていた」のかと気付くや否や顔を赤くしてしまう。
 「…どうかしたのか?」
 「な、何でもねえよ!」
 ─『見惚れていた』なんて、素直に言えるわけが無い。
 言えばきっとこの男は調子に乗るに違いないし、乗らないにしても気恥ずかしくて言えたものではなかった。
 それきり黙ってしまえば、ラグナスは「んー」と一つ唸って、また微笑んだ。
 そして、握り締められたシェゾの右手を引いて、自らに引き寄せて。

 「なあ。シェゾ」
 驚き強張るシェゾに、優しくにこりと微笑んで、その男は懲りずに言うのだ。


 「結婚しよう?」
 「…」


 男に、何を言っているのだと。
 そう思うのに。
 拒否できないのは惚れた弱みなのか。
 シェゾは赤い顔のまま黙り込んで、俯いたままただラグナスの剣士の手を握り返した。










 神父がいないから、誓いの文を二人交互に読み上げる事にする。
 草臥れ、廃れた教会に、凛とした張りのある声と、低く響く声が上がる。
 そして。
 「シェゾ・ウィグィィ─」
 ラグナスが、その文を読み上げる。


 「汝は、その健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを誓いますか?」


 喉の奥で声が凍りそうだった。
 恥ずかしかったのか、それとも、何か別の理由がああったのかは分からない。
 少し間をおいて、ラグナスが困ったような微笑を浮かべたところで、シェゾは慌てて口を開いて、言う。
 「…誓います」

 目の前の、光が。
 至高の微笑を浮かべる。
 それがまた、綺麗で。
 また見惚れそうになるのを慌てて抑え、シェゾは訊かれた内容をラグナスへ返す。


 「同じく─ラグナス・ビシャシ。
 ……誓いますか?」

 
 朗々と読み上げる声が自分の名を呼ぶ。
 それがこの上なく嬉しくて。 
 「誓います」


 間髪入れずに応えれば、何よりも愛しい、夜の闇をまとった男はその速さにか驚いて、瞳を見開き、直ぐに目元を赤く染めた。
 ああ、可愛いな。
 こんなこと、今はマジメにやってるから言わないけど。
 殴られるしね。


 「…さて、指輪の交換だけど」
 「は?そこまでやるのか?」
 「…無いから略そうか」
 残念そうに言うラグナスに、シェゾはこれ以上恥ずかしくならなくてすむという安堵と同時に、ほんの少し、残念だと思う自分に気付いた。
 …そんな馬鹿なことあってたまるか。シェゾはぶんぶんと首を振る。
 しかし、顔の火照りは取れそうに無かった。
 ─が。


 「じゃあ誓いのキスを」
 「…は?」
 

 何だそれ、と突っ込む前に腕を取られて口付けられる。
 触れるだけのキス。…いや。もしかしたら、掠めただけだったかもしれない。
 本当に、ラグナスにしては珍しく短い口付けだった。
 それこそ、『誓いの』というにはあまりにも粗末で、『キス』というよりはただの接触にも似て。
 「…。」
 離されて、訝しんでいるとラグナスが苦笑した。
 「……ほら…。見られてるから」
 「誰にだよ…。人の気配なんか何処にも…」
 「…そこそこ」
 くすくすと笑う彼の指先を見る。
 そしてそこには、ステンドグラスに描かれた、柔らかな笑みを浮かべた聖母が居た。
 シェゾはそれに『何を今更』と吹き出した。
 「今更…『神』に操立ててどーすんだ?…俺は…『神を汚す華やかなる者』だぞ…?」
 ─そしてそもそも、自分達が一緒にいる事自体、神への冒涜だろうと。
 そう続けると、ラグナスはそれもそうだね、と苦笑じみて頷いた。






 …しかし結局、ラグナスがそこでシェゾに深いキスを与えることはなかった。
 「さて、式も挙げたし、帰ろうか…」
 そして、シェゾの心情を知ってかしらずかラグナスは暢気に伸びをしながら言い、すたすたと歩き出す。
 「あ、おい…!」
 慌てて後追いかけて教会を出ると、ラグナスが大きな息を吐いていた。
 「…」
 『神への冒涜』、というのを気にしてるんだろうか、と隣に並んで顔を覗き込むと、ラグナスは変に赤い顔でシェゾを見やる。
 「…何だ?」
 「……君ねえ…。…俺だって健康で若い青少年なんだからさー」
 …自分で言うかそれを、と突っ込む前にラグナスが続けた。
 「…外で抑えが利かなくなったらどうしてくれるんだよ」
 「…………。………ヘンタイ」
 とんでもない発言に、シェゾはやや退きながらジト目で言う。
 ラグナスは反論できずただ赤い顔のまま黙って元の道へと戻っていった。 

 


 ─教会の聖母は─、自分達に対する冒涜者を、拒絶もせずただ柔らかい笑みでその背を見送った。
















…‡END‡…

 
 管理人より>某氏へ捧げたラグシェ。
 当社比○○%以上いちゃついてます(爆)


 PCUP=2004年10月5日

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