ああ、これは夢だ。
 そう気がつくときがあるのは少なくない。
 ルルーはふわふわとした心地の良い空間で悟り、辺りを見回した。
 すると辺りは一変し、見慣れた魔導の塔の最上階になる。
 ひゅうと吹き付ける風は、夢だからか冷たくも感じなかった。
 ただ髪と、深くスリットの入ったドレスがなびく感覚だけが今風に撫でられたのだと教えてくる。
 「サタンさま?」
 いつもここにいて、アルルを待っている人の名前を呼んだ。
 どうせ夢なのだから、今のうちに現実で出来ないことを目一杯やってやろうとその姿を探す。
 自分の夢だ。やりたいことをやって何が悪い。目覚めだって悪いよりいい方が決まっている。
 やがて、求めていた人物の背中が見つかった。
 さらりと流れる緑のロングヘアー。端正な横顔に切れ長い赤い瞳。そして頭部の1対のツノ。
 黙っていればイケメンのその人だ。
 …まぁ、ルルーは残念なイケメンである彼ですら許容している。恋は盲目なのだ。
 「サタンさまっ」
 ルルーを知っている者なら誰でも驚くであろう、少女のような声でその背中に抱きつく。
 驚いた声が聞こえるが、ルルーは今目の前の幸せをひたすらに享受した。
 腕を前に回し、逃がすまいと抱きしめる。
 格闘女王の名をほしいままにしている彼女が全力で抱きしめれば、ボキッといきそうなものだが、夢とはそれなりに都合がいい。
 抱きしめられている相手は少し苦しそうだが、それでも笑ったようだった。

 「ルルー」
 「え」

 だが、掛けられた声はサタンのものではなかった。
 気がつけば抱きしめた背中にかかる緑の髪はない。
 恐る恐る見上げると短い銀髪と、青いバンダナが見えた。
 そして、まるで「しょうがないヤツだな」とでも言うように笑みを浮かべていたのは青い瞳で。

 「き…」

 どっくん。
 豊かな胸の下で、心臓が飛び跳ねた。


 「きぃやああああああああああああああああッ!!」

 
 夢の中と現実、同時に悲鳴を上げてルルーはベッドから跳ね起きた。
 鍛えた体から発せられるその悲鳴はどこまで届いたのだろうか、部屋のドアの外からあわてた様子のミノタウロスの声がする。
 『る、ルルー様ッ!どうなされましたか!』
 「な、な…なんでもないわっ!」
 『え、しかし』
 「なんでもないと言ってるでしょうっ!絶対入ってこないで頂戴!!」
 『は…ハイ…』
 ばくばくと心臓が跳ねたまま、扉の向こうに怒鳴ると気配が遠ざかっていった。
 「……なんで…」
 深呼吸し、まず落ち着きを取り戻してから先ほどの夢を振り返る。
 「なんであそこで、アイツが出てくんのよ!」
 枕を引っつかみ、そこにいない「アイツ」に叩きつけるようにボフボフと振り回す。
 顔が熱いのは怒りのせいだ。─と、思いたい。
 これが恥じらいとか、ときめきとかだったらルルーは死ぬ自信がある。
 大体「アイツ」はあんな顔でルルーを見たことはないのだ。
 大概バカにしたような顔で笑っているか、魔力を持たないルルーに対して興味なさげにしているだけだ。
 己の想像力が嫌になる。
 その上、一瞬でも。

 あの笑みに嬉しいような気恥ずかしいような感情を抱いたことが最大の屈辱だった。

 枕元にいたサタンを模した人形を抱きしめ、胸にうずめる。
 「─私は─…私はサタンさま一筋よ」
 むぎゅむぎゅ。
 豊満な胸に人形を埋めながら、誰にともなく言い訳してみるも顔の熱さは消えなかった。



 その日のルルーは寝不足だった。
 「あの夢」を見た後、何かの間違いだろうと何度も寝なおしたのだが、またアイツが出てきたらと思うとモヤモヤして寝付けなかったのである。
 薄い化粧で隈は消しているものの、全体的に生気がない。
 「…ルルー、大丈夫?」
 もももの店で一緒にデザートを食べないか、と誘ってきたアルルが対面からルルーを覗き込んだ。
 ルルーからすれば恋のライバルなのであるが…どこか憎めない妹分のような彼女。
 半ば無理やり誘ったことを悔やんでいるのかとても心配げだ。
 「─なんでもないわよ」
 だが、出来るだけ弱みを見せたくないという意地がそこで出る。
 頼んでいたワッフルのバニラアイス添えにナイフを入れ、フォークで口に運んだ。
 「そう?…なんか困ったことがあったら相談してね?」
 友達でしょ、とアルルは首をかしげて言う。
 くすぐったい言葉に、はいはいと手を振りつつ苦笑いを浮かべた。
 「ところでアンタ、なんでまた私を誘ったのよ?」
 「ん?」
 アルルは、チョコレートパフェをもくもくと頬張りながらルルーの質問に再び首をかしげた。
 「私じゃなくてもウィッチとかいるでしょ、オトモダチ」
 頬についているチョコレートを見かね、指でちょいちょいと拭ってやる。
 ん〜、と唸りつつも大人しく拭われている辺りアルルもルルーには何らかの想いがあるようだ。
 ─想いと言っても思慕とかそういうのではなく、姉妹的な何かであってやましいことはひとつもない。
 やがてルルーが手を離し、指のチョコレートをナプキンで拭いているのを見ながらアルルは笑う。
 「ルルーと来たかったっていうのはダメなの?」
 「あんたねぇ…、私の話ちゃんと聞いてた?質問に質問で返すんじゃないわよ」
 「うー」
 またパフェを一口食べ、今度は考え込んでいる。
 どうやらただ単純に、ルルーと来たかっただけというのが動機らしかった。
 「…まあ、いいわ。いい気晴らしになるし」
 「でしょ?でしょ?」
 大きなため息を吐いて言うと、ぱっと笑顔を上げて嬉しそうに頷く。
 ─そういえば。
 「カーバンクルはどうしたのよ」
 サタンとの婚姻の証、不思議生物カーバンクル。額にルベルクラクという宝石を持った黄色いウサギ(?)。
 サタンを好いているルルーには心底うらやましいマスコットは、現在アルルの元にいるはず。
 「あ〜…。ほら…カーくん連れてくるとお財布がね…」
 嬉しそうな笑顔から見る見るうちに落胆し、パフェのスプーンをがじがじ齧った。
 確かにあのウサギは、とても小さい体にそれ以上の胃袋を持っている。
 アルルはごく普通の一般魔導師であって、カーバンクルを常に満腹にさせておくほどの財力はない。
 「お留守番任せてきたよ。ちゃんとオヤツとかおいてきたから大丈夫だと思うけどさ…」
 「…」
 それって返って不安なんじゃないかしら、と思うもあえて言わないでおく。
 「別にいいのよ、ウチで引き取っても?」
 そうすればサタンさまの婚約者は私になるし…と、にやにや笑うと、落胆した顔から驚いた顔になる。
 「だっ、ダメ!それはダメ!カーくんはボクの大事な友達なんだから!」
 ぷるぷる首を振るその仕草が妙に可笑しかった。
 半分冗談だったのに、くるくる変わる顔が楽しくてつい笑ってしまう。
 「さて」
 もちろん本人にそんなことを言えば、幼い顔を膨らませて怒り出すのは目に見えている。
 ルルーは何事もなかったかのようにワッフルの最後の一欠けらを口に入れた。
 「私はもう行くわよ?」
 「うぇっ?ちょ、ちょっと待って!ボクももうちょっとだからー!」
 「お子ちゃまはお子ちゃまらしくもたもた食べてなさいな」
 「ボクはお子ちゃまじゃないよっ!─っつう…っ!」
 慌ててアイスをかきこんだせいか、アルルはこめかみを押さえて顔をしかめた。
 「そらみなさい。おばかねぇ」
 ころころと笑って見せると、相手はうーうー唸るばかりで反論してこない。
 「それに、この後約束してる訳じゃないんだからいいじゃないの」
 「そ、そーだけどさー…」
 「私はお昼寝をする系の仕事があるのよ」
 「…お昼寝って…」
 「美容のためにね」
 実は眠れなかったから昼寝で取り戻そうという算段だ。
 そんなことをすれば夜眠れないのは明らかなのだが…。
 しかし満腹感を得てしまったことにより、睡眠不足がここにきて主張を始めている。
 つまり、ものすごく眠いのだ。
 「お代は払っといてあげるわ。感謝して一生恩に着ることね」
 「うぅ…、お、お金払うよ…。いや、払わせてください…」
 細い指で伝票を机から拾い上げ、椅子を立ち上がる。
 さっさと会計を済ませて帰りたいのだが、アルルはごそごそと自分の分の代金を財布から出そうとしていた。
 ルルーにとってははした金だ。しかしそのままカウンターに行こうとするとアルルがドレスのすそを掴んでくる。
 仕方なしに小銭を出している姿を見守ることにするが、まぶたが限界だ。
 窓から入る光すら眩しく、目を細めるとその闇が思いのほか心地良い。
 そして、耳に入る定期的な静かな音。
 睡眠欲が加速する。
 「はい、これボクのぶ─…ルルー?」
 「ん、あぁ…」
 ふるふると首を振って何とか眠気を飛ばし、差し出されたものを受け取った。
 「なんか…すごい眠そうだね…」
 「そんな、訳…あるわけないでしょ……」
 ため息を吐いたとき瞼を全て閉じたのは迂闊だった。
 一瞬で意識が飛ぶ。
 美容のためにしっかり睡眠をとっている彼女なだけに、この睡眠不足は深刻だった。
 驚くアルルの前でルルーの体が崩れ落ちる。
 しかし、それを抱きとめる腕があった。
 それは驚くほど優しく、ルルーの体を受け止めたのである。
 「る、ルルー!」
 「…っ」
 しまった、と目を開くとそこには。
 自分を心配げに見るアルルの顔と。

 「何やってんだ、お前」

 今一番見たくない男の顔があった。
 「シェゾが受け止めてくれてよかったよ、あのままじゃ頭ぶつけてたもんね!」
 ─そう、シェゾだ。
 夢に出てきてルルーを睡眠不足にした張本人である。
 夢と違って、やはり全てを面倒くさがるようなしかめっ面だ。
 それなのにルルーを抱きとめている腕は優しい。
 「…って、何でシェゾがここにいるのさ?」
 「何でって…」
 表情と腕のギャップに驚いて硬直しているルルーを、シェゾはちらりと一瞥した。
 そして、一瞬落ち着かないように視線を迷わせて。
 「俺が買い物に来て悪いか」
 そう無愛想に言ってはルルーを支えながら立たせた。
 「悪くないけど…。…なんか優しくない?」
 ルルーの疑問をアルルが代弁する。
 すると、シェゾは大きく体を震わせると大きくマントを翻して逃げるように店を飛び出していってしまった。
 「……」
 「……変なシェゾ」
 「…そうね。気持ち悪いわー」
 シェゾの手が触れた腕を、ぎゅっと握ったルルーは精一杯普段どおりに毒づいた。




 /*続くのかもしれない


 あとがき>
 シェルルわっしょい!!シェルルわっしょい!!
 シェルルボルテージが上がってきたので急遽うp。
 需要?こまけぇことはいいのである^^

 酸素様に勝手に捧げたいと思います。


 PCUP=2010/09/13
モドル
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