闇が残虐だと
 誰が決めた

 光が慈悲だと
 誰が決めた


 ─ただ気がついていないだけだろう?
 事実に。




 …残虐性の推移…




 シェゾは、隣を歩くラグナスをそっと盗み見た。
 相変わらず、彼は虚ろな眼で前しか見ていない。─当り前だ。
 シェゾが、彼を意のままにするために傀儡の術を施したから。

 傀儡や意のままと言っても、別にシェゾは、ラグナスを己の欲の自由にしたくて施したわけではなく、逆にラグナスに己の思うままに好きなことをさせるために施した。
 要するに、普段の衝動を抑える『理性』のタガを外してやったわけだ。
 
 ─今シェゾとラグナスは、人目を忍ぶようにある裏路地を歩いている。
 それは最近ではもう慣れた事であった。シェゾにしてみれば、彼とこうして歩く前から裏路地は馴染んだ場所であったし。
 きちんとした身なりの二人を、暗い路地の隅に座り込んだ浮浪者が卑屈な目で見上げてくる。しかし、シェゾもラグナスもそれに手を差し伸べる事無く道を進んだ。
 まぁ卑屈な視線のなかに、物珍しいものを見る目も混ざっているがそれも致し方ない。シェゾは、自分たちが奇妙な連れだというのは自覚していた。
 夜の闇を纏ったような黒衣の青年と、金色の鎧に身を包んだ青年の取り合わせなど、奇妙以外の何者ではない。
 暫くそんな視線にさらされながら行くと、背後から人の気配が付けてくる。
 シェゾはその気配を、人気のない場所まで誘い出したところで足を止めた。
 「…─俺達に…何か用か?」
 振り向かぬままに訊ねると、気配が動揺する。そこでやっとそちらを見やるといかにもカタギではない男がそこにいた。
 「…気がついてたのかよ……。…いや、それでもこんな人気のない場所に来たってことは話はわかってるってことかい?美人さん」
 「………」
 嫌そうに眉を顰めるシェゾの隣で、ラグナスが微かにぴくりと反応を見せる。シェゾはそれを手で抑えて、不機嫌な表情のままに下品な笑みを浮かべている男を見やった。
 「…で?」
 「幾ら欲しい?言い値で買ってやるよ……」
 「……」
 どうやら売春夫だと思われているらしい。それでその下卑た笑みか。
 シェゾが黙り込んだのをどうとったのかは知らないが、男は微かに不満そうに顔をゆがめる。
 「何だ。気にいらねえのかよ」
 「…いや?」
 「別にアンタじゃなくたってそっちの黒髪の方でも良いんだぜ?」
 「…ほぅ」
 ラグナスを指しての言葉に、すぅっと蒼い目を細めて男を睨むように見やる。それに男が怯むのを見て、シェゾは笑った。
 「……別に…コイツの方はタダでいいぜ?」
 「…は?」
 「なぁ。ラグナス」
 黙ったまま何も言わないラグナスの肩を抱き寄せて、男を挑発するように微笑んで囁く。
 虚ろで何の感情も浮かばない瞳がこくりと頷くのを見せて、シェゾは視線を男に戻した。
 「そういうわけだ。生憎俺のほうはそんな商売はしてないからな」
 「…本当にタダでいいのかよ?」
 疑いの目で見てくる男に、シェゾは薄い笑みを浮かべたままラグナスを放す。
 「あぁ。……─さぁ、たっぷり『遊んで』もらえ」
 どちらにともなくそう言って、放したラグナスを男のほうにやる。
 そのままフラフラと男に寄って行くラグナスの背を少し見送った後、その路地の入り口まで戻った。
 それから、その背に隠すように立つ。
 男は気付いただろうか?ラグナスが小さく浮かべた、キョウキの笑みに。
 ……それから暫しして聞こえた、嬌声ではない悲鳴に─シェゾは口の端を釣り上げた。





 耳障りな男の悲鳴が途絶えたところで、シェゾは再び先ほどの路地に戻った。
 しかしそこは、立ち去る前とは随分雰囲気が変わっていた。路地の壁の深紅の染みがやたらに目に付く。それもまだ新しい。
 「─ラグナス、楽しかったか?」
 …赤く濡れた抜き身の剣をぶら下げたままのラグナスの姿を見つけ、シェゾはその背後から声をかけた。
 すると、ラグナスが振り向いて無邪気に微笑む。
 「そうか、楽しかったか…」
 「…」
 言葉を発する事は無いが、それでも無邪気に笑うその顔は『遊び』に満足した子供が浮かべるものだった。
 頬についている、男『だったもの』の返り血を拭ってやる。
 くすぐったそうに拭われているラグナスの足元には、男『だったもの』が無残に転がっていた。
 ─シェゾは、それを哀れとも思わずただ笑って見下ろす。
 「…タダである理由が解っただろう?」
 男は事切れたまま応えなかった。


 ばれない程度に後始末を済ませた後、また傀儡のように無表情に戻ったラグナスを連れてその路地を出る。
 ─慣れた事だった。
 ラグナスに傀儡の術をかけて、共に行動するようになってからは。





 誰が、闇が残虐だと決め
 誰が、光が慈悲だと決めたのか。

 それは事実を知らないからだ。

 光とて、時に残虐なものになるという、事実を。





 この、無邪気な残虐さが、ラグナスにとって生まれついてのものだったのか、そうでないのかは、シェゾが推し量る術はない。
 しかし少なくともこれは、傀儡になるまで理性という鎖で抑えられていた、ラグナスの本質。
 シェゾはそれを咎める気も、修正してやる気もない。
 本質であるというなら無理に捻じ曲げる必要も無いし、それに今のままであれば─


 ラグナスは、己に無邪気な微笑を向けてくれる。
 …共にいる限りずっと。
 傀儡になる前は見せることの無かった、心の底からの感情をみせてくれる。



 どうして彼がこんなにも残虐性を秘めているのか、そんなものは知らない。
 今の今までの反動なのか、それとも生まれ持ったものだったのか。
 今それを問う術はない。





 残虐で、それも無邪気な光。
 それの諸行を知っていて何もせず、ただ連れ歩く闇は、果たしてまた残虐なのか。



 ──それとも慈悲であるのか。





















 「…ラグナス……。…今と昔と…お前はどちらが楽なんだろうな」
 「……」
 「まぁ……暫く、解放する気は無いがな」





 …もう暫く、お前のその無邪気な顔を見たい。
 それが例え血塗れていても。




















 END


 管理人より>……すいません長い挙句とんでもない内容でした……(爆)



PCUP=2004年11月24日


モドル

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