「どこかの国じゃ、男子からバレンタインのプレゼントを渡すんだって」
 青年はそういいながら手に持った木べらを器用に動かしている。
 「だからこれでもいいんじゃないかなー」
 ヘラヘラ笑う青年は、世間で流行の草食系男子だった。



 ゼロ距離バレンタイン



 「納得しすぎて腹がよじれそうだぜ」
 草食系男子の机を挟んで向かい側に座っていたシェゾは引きつった顔で肩をすくめる。
 大体にしてこの家中を漂う菓子の匂いで参っていた。
 そして目の前の青年…恐らくこの世界で草食系男子のトップに立つであろうラグナスはそんなシェゾに首をかしげる。
 シェゾはラグナスの思考を一片も理解できない。
 「…」
 辟易とした顔で舌を出して顔をそらしても、彼は菓子作りを中断しようともしないのだ。
 客が来ているというのに大した態度である。
 バレンタインという時期はただでさえ色んな場所が浮き立って苦手だというのに、今年はとうとうここまで浮き足立ったのか…。
 「で、何してるって?」
 「ココアクッキーでも作ろうかと思って」
 「横においてあるのはなんだろうな」
 「うん、ラッピング用の袋だよ」
 「…ハート柄だな」
 「からかうなよ、恥ずかしいだろ」
 シェゾからすれば、男がそんなものを横において後生大事にボウルを抱えている方が恥ずかしい。
 言葉どおり照れたように顔を赤くして、未だにクッキーの生地を混ぜているラグナスは本気だ。
 普段はアーマーを着込み剣を振り回す彼が、エプロンを着込み木べらを振り回す姿は尚更目に痛い。
 溜息を零すと、既に打ち粉を数回振られたまな板から小麦粉が飛んでいった。
 「……俺は客だぞ」
 「だからこうして話してるじゃないか」
 「ボウルを置け!手を休めろ!」
 思わず机をたたきそうになって、寸前で止める。
 …が、ぶわりと巻き起こった白い粉塵で黒い衣装のシェゾはあっという間に灰色になった。
 目をそらして誤魔化しているが、ラグナスの口元はにやにやと歪んでいる。
 それを睨みつけるとボウルを置いたものの、代わりに横においてあった茶色いクッキーを差し出してきた。
 「味見してくれるか?」
 「…イヤダ」
 「なんだよ、別に変なものじゃないだろ」
 「もう形がイヤ…。ハートとか無い…」
 「これは試作品だからいいんだよ!」
 「…」
 ─試作品云々じゃなくても、ラグナスのように割と精悍なタイプの男性がハート型に生地を抜いている姿を想像するのはぞっとしない。
 見た目は綺麗だ。
 試作品という割には丁寧に作りこまれているように見える。それだけに余計に嫌な気分になった。
 シェゾは、大きくゆっくりと、わざとらしく溜息を吐く。

 …どうして他の人間への好意を込められたモノを口にしなければならないのか。
 ましてそれが試しに作ったものだというのだから手に負えないのだ。

 よっぽど嫌そうな顔をしていたのだろう。
 ラグナスは少し落ち込んだような顔でクッキーの乗った皿を引っ込めた。
 「……」
 本当ならそのハートマークを全部真っ二つにしてやってから全部平らげてやりたい。
 本命に渡す用に作るものも全部。
 だけれども、そんなことをすれば目の前の青年はもっと悲しげにするだろうということがあっさり想像できた。
 嫌気が差す。
 自分以外の人間へ好意を伝えようとするラグナスも、そんな彼にやきもきしている自分も。
 ─いつから俺はこんなに阿呆になったのだろう。
 シェゾは、まだ下を向いているラグナスの手元から特に大き目のハート型を一枚浚った。
 驚くラグナスが声を上げるよりも早く口に入れてしまうと、ほろ苦いココアが鼻腔を突く。
 「…」
 「…」
 もぐもぐと口を動かしている間は喋ることが出来ない。
 まして、大きなクッキーな上に少々粉っぽく一瞬にして水分を奪われてしまった。
 「シェゾ?」
 「粉っぽい。」
 「…」
 更にもう一枚皿から奪い、イスから立ち上がる。
 「俺はもう帰る。…せいぜい美味く作るんだな」
 乱暴に立ち上がった所為か、また小麦粉が舞い上がった。
 もうもうと立ち込める白い煙の中、ラグナスが非難の声をあげるが構わずドアからその家を出る。
 粉塵という障害物があったからであって、別にラグナスを気遣って転移をしなかったわけじゃないのだ。
 そうとも、自分は他人をそこまで気にする男じゃない。

 暫く歩いたところで、シェゾは灰色のマントやローブを叩いた。
 しかし、どうにもこうにも小麦粉は落ちきらず、逆に手の形が浮き出てしまい、かえって可笑しい。
 グローブにも粉がついてしまうものだから、一種の呪いかとも思ってしまう。
 暫く煙を払った後、出かけにもう一枚奪ってきたクッキーを口に放り込んだ。
 さくさくと崩れるその味は匂いと同様ほろ苦く、しかしシェゾには少し甘い。
 「…ちくしょうめが」
 それを受け取るであろう、誰かに向けて嫉妬を零した。
 零したところで、それは自分のものにならないのだが。
 恋なんてするものじゃない。
 …口内に残る甘さが、彼への思いを断ち切れない自分を嘲笑うようで。
 思わず小さな舌打ちが零れた。




 /*fin*/


 あとがき>>
 バレンタインも近いので、バレンタインネタで。
 最近シェゾが3枚目だけど微妙にかっこいい人のような気がしてきた。

 
 PCUP=2010/02/12


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